【日記】南相馬は元気 | 沖縄放蕩記

沖縄放蕩記

東京でのスロプ生活に飽きて、2010年から沖縄に移住。

日々の生活を、酒を片手に、徒然と。

前の日記の続き。

 

南相馬に戻って来て、ネクタイを買いに。明日出席する披露宴用の白いネクタイを買いたい。こんな稼業ゆえ、そんなネクタイなぞ持っていない。上手く結ぶことも出来ないので、結ばないで済む奴が良い。

 

以前あった青山は閉店してしまったようなので、代わりコナカへ。目当ての物は買えたけど、5000円もした。シルクの良いものだったらしい。でも、結ばないで済む(ピンで挟んで留めるだけ)奴はこれしかなかったから、仕方あるまい。

 

道の駅で、沖縄に持ち帰る土産を買う。相馬あられ、野馬追クッキー、浪江焼そば、那珂うどん。何もない田舎だと思っていたけど、こうしてみると結構土産の種類は豊富だな。漬け物もいろいろあった。

 

豆腐の味噌漬けとクリームチーズの味噌漬けは、要冷蔵なので沖縄までは持ち帰れない為、この日の晩に自分で食ったが、非常に旨かった。ここで通販で買えるので、興味のある方はどうぞ。

 

その後、やることを済ませて、親と買い物へ。スーパー、随分と混んでいるな。この町にこんなに人がいたっけ?親に聞いてみると、随分と人口は増えているそうだ。

 

一つの要因は避難者。周辺の帰還出来ない区域からこちらに避難して来ている。もう一つの要因は、復興の出稼ぎ労働者。原発やら、周辺自治体の瓦礫撤去や除染やらで、たくさんの人が出稼ぎに来ている。

 

親がアパートに入居した3年前、ほとんど空き家だったが、今は全て埋まっている。車のナンバーを見ても、日本各地ばらばら。現在建設中のアパートもかなり多い。被災者用の大規模な団地も完成間近だった。

 

不幸中の幸いか、この南相馬市は、震災によって活気を取り戻したと言える。まあ、ここ数年でパチ屋が、1000台規模で1軒、600台近くが1軒、都合2軒も出来てしまったのは非常に喜ばしくないことだが。

 

この南相馬、遊べるところが少ないからね、休日はパチ、となってしまう輩が多い。東電からの賠償金や、出稼ぎで手当てがついて結構貰っている奴も多いから、こうなる。残念な話よ。

 

さて、スーパーで今晩の酒と肴を色々選ぶ。魚は、店員に言えば捌いてくれるんだな。鯣烏賊(するめいか)槍烏賊の2種類を買って、捌いて刺し身にして貰った。

 

後で食ってみたが、結構味は違う。鯣烏賊の方は雑味、と言うか、えぐ味、があって、槍烏賊の方が素直な味。後者の方が俺は好みだな。

 

酒は、ビールと日本酒を中心に色々と買う。で、帰って早い時間から親と飲む。一番搾りの仙台づくりは旨かった。日本酒も色々飲んだが、銘柄名を忘れた。明日の朝は早いから、早めに寝た。

 

(続)