自分を見つめて
ずいぶんと愛すると言うことを考えた。
いろんな研修会でも
愛着障害と言うことを聴いた。
私も実感している。
けれど、親にしてみれば
一生懸命働いて、働いて
食べさせて
学校に行かせて
何が不満なのか?何が駄目なのか?
きっとわからないだろうな。
理解できない。
げんさんを飼ったとき
躾をしないといけないと、トイレの失敗や
ものを壊したとき
押さえつけたり、大きな声を出した。
いつもビクビクしていたけれど
あるとき
咬むと自分は人より強いことを知った。
私は、とてもげんが好きだったから
何でこうなった❓と嘆いた。
犬は言葉を話せない。
どうやったら大好きなことが
伝わるのだろう❓と考えた。
たくさん本を読んだ。
間違った躾を学んだのも本だったけど、
助けてくれたのも、また本。😆
たくさん触ること。
人の手が怖いものでないと
解るまで触ること。
つまり、スキンシップ。
1番の愛情表現はふれあうこと。なんだ❗
赤ちゃんも
子ども達も
大人も
みんな触れ合うことで愛情を確認できる❗
肌と肌で。
子どもが大きくなると
とたんに抱き締めることがなくなり
それに比例して
話すこと、一緒に過ごす時間も減る。
幼稚園、小学校、中学校
上になればなるほど減って行く。
もう愛は、要らないのかい?
んなわけはない。
本当は、そこから欲しいんだ。
自我が目覚めたときこそ
まるごと受け止めてくれる人が
欲しいんだ。
何で今これほど子ども達や
家族の中で悲しい事件が増えてるのか。
わかりすぎる。
スキンシップの代わりに
その時間を働けたから
車を買ってやる。服を買ってやる。
孫にランドセル。
小遣いをあげるから、一緒にご飯を食べよう❗
それは愛かい?
貴女をこんなにも愛してるのに
心配してるのわからないの?
残念ながらわかりません。
言葉を聞いても信じません。
信じて悲しんだことが
たくさんあったから。悲しまないように
信じないことにしました。
どうすれば
愛は、伝わるのでしょう。
今、部活動の親御さん達は
私がどんなにその子にキツイ言葉を
かけても大丈夫と言う。😅
1歩間違えば訴訟にもなる時代。
どうしてかと言うと
いつも良く見ていてくれるから。だそうだ。
どの子のことも見ていて
駄目なとこ、良いとこを言ってくれると。
思う通りにすること。
養ってやること。
指図することではなく、
その子をいつも気にして見ていて
気付けるように声をかけてやれる。
それが愛すると言うことなのかな。
私は
いいことしても、悪いことをしても
何も言われなかった。
愛されていない。と言うより
人としての関わりを感じることが
出来なかった。
私自身
どうやって愛情表現したらいいのか
わからずに来ている。
生徒とは
🤗することも出来たけど
大きくなってきた息子らには
もう出来なかった。
二男なんぞは、怒られることばかりして
それがスキンシップの代わりだったか?と
思うほど。
でも、いくつになっても
肌と肌の触れ合いは大事だなあと
思うこの頃。
日本人はキスも🤗も
なかなか出来ない民族だから。
肌と肌との触れ合いを大切にせよ‼️
もし一緒にいられるのなら
良く見てあげて!☺️
何をしなくても
愛されてるとわかってくれるから。
愛溢れる人生に
きっとなるぞ❗❗