物心付いたときから、寂しさを抱え、愛に飢えていた。
両親の2度の離婚はあったが、
私のもとには、常に父親も祖母も2番目、3番目の”新しい”お母さんもいた。
でも産みの母親の記憶はない。
1歳の時に産みの母親とは離れたらしい。
今は再会し、たまに会っているが乳幼児〜幼少期の孤独は抱えたままだった。
「本当のお母さんはどこにいるの?」
「本当のお母さんに会いたい」
この言葉は、子どもながらに禁句と悟った。
”これを言って大人を困らせてはいけない”と、
悲しみも寂しさも感情を押し込め、明るく振る舞った。
甘え下手もこの時に作られたんだと思う。
大人になり、男性から愛されることで孤独を埋めて、満たされようとしていた。
しかし、どんなに好き同士でも心底満たされることはなかった。
そして、いつかは変わる愛の形に絶望しながらも、出口がわからず、孤独を埋めてくれる”運命の相手探し”に必死だった。
自分の持つ孤独に目を向ければ引きづられ、救いのない現実に蓋をして、誤魔化しながら過ごすしかなかった。
早く満たされたい!脱出したい!
どこか行き急ぎ、未来に希望を持ちたくて、占いやスピリチュアルにハマった。
私が生まれる前に叔母が恋愛に狂い自殺をした。
それが引き継がれていると言われ、必要とあらば雪解け水での滝行や、高野山のお坊さんを呼んで先祖供養もした。
しかし状況は何も変わらない。
その当時、産みの母に気付いてもらう目的と、
多くの人格を経験すれば本当の自分がわかるんじゃないかという、自分探しの目的で女優を始めた。
つづく…

