### 「自主練を頑張ればいい」だけではない、プロとしての意識

アイドル活動を始めて、改めて感じることがあります。

それは、**本当にメディアやステージで活動している人と、趣味やアマチュアとして活動する人では、「技術を身につける」ということ自体の捉え方が違う**ということです。

もちろん、自主練習は大切です。

振りを覚えたり、動画を見返したり、自分で何度も繰り返して身体に入れたりすることは、プロでも当然やっています。

でも、そこで「自主練習を頑張ればいい」という発想だけになってしまうと、少し違うと思っています。

プロとして活動するなら、

**自分一人で練習する時間と、プロから直接指導を受ける時間を、目的に合わせて使い分ける。**

これが基本だと思うんです。

自分では気づけない身体の使い方。
癖になっている動き。
見せ方の弱いところ。
音の取り方。
表情や角度。
ステージ上でどう見えるか。

こういうものは、自分だけで練習していると、どうしても「できているつもり」になりやすい。

だからこそ、プロのレッスンを入れて、第三者の目で修正してもらう。

そして、そこで指摘されたことを持ち帰って、自主練習で身体に落とし込む。

私はこの繰り返しが、**プロとして技術を上げていく基本中の基本で、言われなくても当たり前の世界**だと思って、今まで生きてきました。

なぜ、私がそういう認識なのか。

実は私は小さい頃から、芸能の世界にいました。

子どもの頃には大手の芸能事務所に所属し、テレビや雑誌、映画にも出演していました。

その後、吉本NSCにも入りました。

踊り子として活動していた時も、大手の事務所に所属していました。

途中で、タレントもまだいない、立ち上げたばかりの小さな事務所に一時的に所属したこともあります。

その時に人生で一度だけエキストラの仕事をしたことがありますが、それ以外は、これまで経験してきた芸能活動とはまた違う世界でした。

テレビでは名前にテロップ映画も必ず小さいですが最後に、エンドロールは、出てました

そして、振り返ってみると、私が芸能活動の中で受けた「オーディションらしいオーディション」は、実はそれほど多くありません。




小さい頃に大手の芸能事務所に入る時。

吉本NSCに入る時。

そしてモノマネのオーディション。

私が覚えているのは、それくらいです。

NSCに入る時には、ありがたいことにフライデーさんや産経新聞さんがわざわざ取材に来てくださって、一面に載せていただいたことも度々ありました。

今となっては、そんなことも含めて、私にとっては「どうでもいい過去」と言えばそれまでです。

でも、今回のことをきっかけに、初めてその過去を振り返りました。

そして思ったんです。

**私は、そういう世界を経験してきたからこそ、プロのレッスンに対する認識が、もともと人とは違っていたんだな、と。**

レッスンやお稽古は、自己練習をしない人が穴を埋めるために行くものではありません。

自己練習なんて、最初から当たり前。

そのうえで、一流のプロの先生から、これでもかというくらい技術を教わる。

そして、自分で練習する。

それでも技術的に成果が出なければ、事務所からさらに個人レッスンを勧められることもある。

場合によっては、強制的に個人レッスンを入れられる事務所もある。

個人レッスンには課題もあります。

レッスンを受けて終わりではなく、そこからまた自分の時間を使って練習する。

それだけで、自分の時間がなくなるくらい大変になることもあります。

でも、それが普通でした。

なぜなら、小さい頃から、

**「人様からお金をいただいて仕事をするというのは、そういうことなんだ」**

と教えられてきたからです。

だから私の中では、

**自主練習をすることと、プロのレッスンを受けることは、そもそも別のもの。**

自主練習をしないから、その分をレッスンで埋める。

そんな発想自体がありませんでした。

レッスンは自主練習の代わりではなく、**自分一人では身につけられない技術を、プロからさらに上げてもらうためのもの**。

私にとっては、それが当たり前でした。

もちろん、お金も時間も必要です。

でも、メディアやステージに立って、人に見てもらう仕事をするなら、そこに必要なものとして投資するという考え方も必要になる。

「自主練をこんなに頑張っています」

ということと、

「どうすれば最短で、より良いパフォーマンスができるのかを考えて、必要な環境に投資しています」

ということは、似ているようで、**全く違う世界**です。

私は後者の意識で活動したい。

そして、この感覚は今回アイドル活動を始めたから突然生まれたものではありません。

大衆演劇の世界でも、私は短い期間ではありましたが、家元のもとで学び、師範などを取得していた座長の方たちと関わってきました。

そこでも、自己練習は当たり前でした。

プロの技術を習う。

それは、技術を上げるため。

習ったから終わりではなく、習ったからこそ、さらに自分で磨いていく。

そういう世界でした。

ライブハウスで活動していた時にも、裏方の方から、プロとの距離や、プロのレッスンの大切さについて教えていただきました。

「自主練習だけでは、どうにもできない部分がある」

「プロからレッスンを受けることは大切」

「プロとしてお金をいただくということは、シビアな世界なんだ」

そういうことを、裏方の立場からも教わってきました。

だから私の中では、ずっと一本の線でつながっていたんです。

**プロから教わる。**
**自分で練習する。**
**またプロに見てもらう。**
**修正する。**
**さらに自分で磨く。**

その繰り返しで、技術を上げていく。

人様にパフォーマンスを見ていただく世界では、これは水を、飲むように当たり前の**基礎中の基礎**だと思っていました。

だから今回、ある人から、

「レッスンや自主練習で足りないところを埋めている?」と認識されていたんだと知った時

そのような認識すら私はこの世にあるとしらずに捉え方をされて方がこの世にある物の考え方があるとはじめて知った時正直、私は驚きました。

というより、

**「えっ、?そもそもそんな芸能ってそんな認識して教わっできなかったしこの世にいてそんな認識する人いるの考えがあるの?そんな穴埋めで使う人が世の中にはいるんだね!認識ってそこから違うんだ」**

と思いました。

私は、そんな発想をしたことが一度もなかったからです。

もちろん、人にはそれぞれ経験もキャリアもあります。

育ってきた環境も違う。

芸能活動をしてきた年数も違う。

だから、どちらが上とか下とかいう話ではありません。

ただ、私がこれまで少ないながらも経験してきた芸能活動の中では、**レッスンや自主練習をそういう目線で捉えて活動している人に、一度も出会ったことがありませんでした。**

だからこそ、今回初めて、

**「なるほど。そもそも見ている世界が違ったんだ」**

と分かったんです。

そして、今まで起きていたことも少し理解できました。

人は、自分が経験してきた世界を基準にして物事を考えます。

私にとっては、

**「自己練習をするのは当然。そのうえでプロから習う」**

が当たり前。

でも、別の経験をしてきた人にとっては、そうではない場合もある。

その違いに気づかないまま話をすると、

「どうしてそんな考え方になるの?」

「どうしてそこが伝わらないの?」

ということが起きる。

それが今回の、**ボタンの掛け違い**の一つだったのだと思います。

今回のことで、私は初めて、自分が当たり前だと思っていたことが、誰にとっても当たり前ではないのだと知りました。

そして、それは芸能活動だけではなく、人間関係でも同じなのかもしれません。

自分が見ている世界が、相手にとっても同じ世界とは限らない。

自分にとっての正しさが、相手にも同じように見えているとは限らない。

昔から、

**良いご縁や素敵な仕事が欲しいなら、まず自分から人に優しく、自分から良いものを差し出しなさい。**

と教わってきました。

そして、

**無意識に正しさだけを人に押しつけるのは愚かなこと。**
**相手のいる場所に合わせて、その人に伝わる言葉で話すことも大切。**

とも教わってきました。

人の人格を否定するような言葉は、たとえ言っていることが正しかったとしても、良いご縁を遠ざけてしまう。

「人の口は立たず」。

縁が遠のいてから後悔しても遅い。

そういうことも、これまで何度も教わってきました。

今回のことも、単純に「どちらが正しい」という話ではなかったのだと思います。

**見てきた世界が違えば、同じ言葉でも意味が違って見える。**

そして、人は自分が見ている世界に近い人と自然につながっていく。

「類は友を呼ぶ」というのも、単に似た性格の人が集まるという意味だけではなく、

**何を当たり前と感じるのか。**
**何を大切だと思うのか。**
**どこまでを仕事として捉えるのか。**
**人との距離をどう考えるのか。**

そういう「世界の見え方」が近い人同士が、自然と縁を結びやすいということなのかもしれません。

今回、私はそれを改めて実感しました。

もちろん、まだまだ私自身も勉強中です。

だからこそ、できないところを「自分で頑張って埋める」だけではなく、必要ならプロの力を借りる。

そして、教えてもらったことを自分の努力で完成度まで持っていく。

**レッスンか自主練か、ではない。**

**レッスンも自主練も両方使って、どうすれば結果を出せるのか。**

そこを考えること自体が、私にとって「プロとして活動する」ということです。

そして、それは私にとって、特別に頑張っていることでもありません。

**水を飲むくらい、当たり前のこと。**

そういう世界で、私はこれまで生きてきたのだと思います。

そんな色々な色メガネや自分の過ちや荒風も
自分のこれからの行いで良くも悪くもする覚悟があるかで、幸せを、掴む
過去の罪を、届いた出すことは誰にでも出来る今の自分が未来の為に突き進むかなんだよ
そこを見てる人は一流だ