鏡と色、表現力で貴女の心とお肌を浄化します!
メンタル美容家 / 美白コンサルタントの鎌田聖菜です。
誰しもがスリムなスタイルに憧れ、いかに小さいサイズの洋服を着られるかで競い合う日本のダイエット事情。
小学生の頃は棒のように細かった私も、高校生から大学生に上がるにつれてだんだんとふくよかになり、大学入学時に学生証の写真を見た友人から「聖菜の顔、バレーボールみたい!」と大笑いされたことがあります。(爆笑)
‘野球ボール’くらいなら「小顔って意味かしら」と笑って許せますが、‘バレーボール’と言われたら、ただ「顔がでかくてパンパン!」と言われているのと同じことではないですか。
しかも、色が白くて丸顔なので、なんとなくバレーボールという言葉に妙に納得してしまう自分が悔しくて、生まれて初めてダイエットを決意しました。
それまでは自分の体形なんて気にも留めていませんでしたが、その一言で、完全に「自分は太っているのだ」=「自分を否定された」と思い込んでしまったのです。
でも、その友人はいつも私を褒めてくれる優しい子で、私に「太り過ぎ!」なんて言葉は一言もかけていないのです。
人からの評価は自分を変えるきっかけにもなりますし、自分の自信を奪うきっかけにもなりえます。
その評価の受け取り方は自分で決めることが出来ます。
しかし、当時の私は、完全にその受け取り方を間違えてしまいました。
そんなマイナスの感情からダイエットに目覚めた私が、最初に始めたのは食事制限。当時大好きだったチョコレートを減らし、炭水化物を減らそうと努力しました。
しかし、そこは意志が弱い私。
授業の合間の甘いもの、ランチ後のアイスクリーム、帰り道のカフェ通いはどうしても辞められませんでした。
なそれもそのはず。
マイナスの感情から始まった物事はどんなことも長続きしないのです。
たとえ、少しの間、続いたとしても、それでは心の健康は保てません。
私は考え方を変え、自分の為になるダイエットをしようと思い直しました。
そこで、辛い食事制限ではなく、健康的にカロリーを消費するために、運動サークルに入部しようと考えたのです。
しかし、18年間、ずっと文化部だったので、運動は好きでも運動部に入る勇気も根性もありません。
そうして迷っている中、友人の一人が「空手同好会を開きたいので立ち上げメンバーになってくれないか」と誘ってくれたのです。
どこをどう見ても空手部員とは程遠い存在だったはずですが、声をかけてくれた友人にとても感謝しました。
同好会立ち上げの申請をしてすぐに練習が始まりました。
立ち上がったばかりとはいえ、きちんと空手道場から先生を呼んで行う練習はかなり本格的なものでした。
始まりと同時にストレッチからの15分のランニングと腹筋、背筋、腕立て伏せ数十回。
そして、蹴りと突き、四股立ちの練習という筋肉痛要因のオンパレード。
そこから型の練習に入り、組手に関しては全身に痣が出来るほどでした。
毎回吐きそうになりながらも、「もうバレーボールとは呼ばせない!」と、へなちょこ部員なりに日々練習に明け暮れていました。
しかし、入部して半年を過ぎた辺りから耳鳴りと眩暈に悩むようになりました。
始めはあまり気にしないようにしていたのですが、朝起きて「キーン」という耳障りな音と、歩いているだけで催す眩暈に不安を感じていました。
それでも、身体を動かすのは楽しく、特に一人で黙々とトレーニングしたり、型の練習をしたりしている時には、苦しいながらも雑念が消え去り、精神が統一されていくようなすっきりとした気分を味わうことが出来ました。
脂肪とは一種の雑念のようなものであり、ストレスそのものだと私は考えています。
人は自分が太り過ぎだと過剰に判断した場合、私もそうであったように、「自分が他人から否定されるのではないか」と思い込む傾向があります。
自分のことを否定的に感じて日々を過ごしていれば、知らず知らずのうちに内側の殻に閉じこもって行き、仕舞いには「心の引きこもり」になるのです。
心が「引きこもり」になれば、外に出るのが怖くなり、自暴自棄になります。
中には、それに気付かずに、そんなやり場のない感情を食事で補おうとする人も少なくありません。
ストレスを抱えた脳は、身体が危険な状態だと判断し、栄養素をたくさん確保しようと働きます。
そこで甘いものや脂っこいものが急に食べたくなり、過食に走ってしまうことが多いのです。
幸いにも、心の引きこもりになる前に身体を動かす環境に入れた私は、大学の夏休みに、教えて頂いていた先生の空手道場で3日間の地獄のトレーニング合宿をすることになりました。
「真夏の道場合宿」という、いかにも恐ろしそうな響きの合宿は、普段の練習に加え、動物のように四足歩行したり、人間ピラミッドを作ってみたりと、それはそれは凄まじい合宿でした。
それでも夜になると、道場の師範が湯がいてくれた大きな銀の桶に入った大量のそうめんを部員みんなですすったり、寝る前に盛り上がった恋愛話は今でも学生時代のいい思い出です。
しかし、その直後から、私の耳鳴りと眩暈はかなり酷くなり、念のため病院に行くことにしました。
一通り、医師に症状を告げた後、
「最近、何か急に激しい運動しませんでしたか?」
と質問されました。
私には大いに心当たりがありましたが、微妙な空気感に押されて
「いやぁ…なんでしょうね。体育の時のバドミントンかな。この前のウォーキング…」
と言葉を濁していましたが、プロのお医者さんの目はごまかせません。
冷たい視線に耐えきれず、少し照れながらも、
「空手を少し…」
貧弱な身体と私の青白い顔を見て、少し驚いた表情をした医師は、
「それですね。激しく動いたのでしょう?もともと三半規管が弱いみたいだから激しい運動を続けると悪化しますよ。空手は諦めてください。」
と、淡々とした口調で言われました。
既にダイエット目的だけではなく、だんだんと空手の「無」の境地を探し求めていた分、その言葉はショックでした。
しかし、この頃、芸能活動も始めていた私は、毎回、痣を作ってオーディションに行き、よくマネージャーから叱られていたのもきっかけになり、空手同好会を退会することになりました。
こうして私の幻の空手部員生活は一年間であっさりと幕を閉じたのです。
その頃にはバレーボールだった私の顔も多少はスッキリしてハンドボールくらいにはなったようでした。
なんとも短い運動部歴、かなりカッコ悪い結末です。
でも、その中で様々なことに気付かせてもらいました。
女性も男性も、なぜ人は美しく、ハンサムになりたいのでしょう。
それは、ほとんどの場合が他人からの評価に関係します。
ですが、スリムで美しいという定義もまた、人それぞれの好みがあり、その人にはその人に合った自分一番が美しく見える体型というものがあると私は思います。
5号や7号の洋服を着たいというだけで、世界から見れば‘ガリガリ’とも言える体型を目指す日本人女性は、「心のひきこもり」になっている可能性もあります。
今、わたしたちが本当に目指さなければいけない理想形は、体型を気にし過ぎることではなく、丸みを帯びた柔らかく自分らしい姿と、品格や思いやりに溢れる女性らしいしなやかなオーラを纏うことなのではないでしょうか。
私たちの理想体型は私のように少しのきっかけから気付かされることもありますし、挫折から味わうこともあります。
私たちの体型は私たちの人生がそのまま形になっただけなのです。
メンタル美容家
美白コンサルタント
鎌田 聖菜