昨年5月以来の投稿になりました。


今日までなかなか投稿する気分になれず…

ようやくお知らせをすることができました。


父は2026年5月4日の朝、母と弟、そして叔父さん(父のお兄さん)に見守られる中、静かに息を引き取りました。

残念ながら、私はその場に居合わせることができませんでした。

前日に会いに行けなかったのが悔やまれます。


父が亡くなる一週間前に、私は肺炎と診断され、夜になると高熱が出ていました。

そんな状態でしたが、父の体調が気になり、毎日熱が下がった時に父の様子を見に行っていました。

父に悪影響があっては申し訳無いので、マスクをし、長居はせずに自宅に戻っていました。

5月3日だけは朝からずっと熱があり、病院に薬をもらいに行って自宅で寝ていました。

父のことが気になっていましたが、明日の朝一で様子を見に行こうと決めて、その日は自分の体を休めることにしました。まさか、翌日が父の最期になるとは…


なぜ父に会いに行かなかったのか…悔やまれます。


4月3日には待望の5人目のひ孫が誕生し、5日後に抱くことができました。5人目のひ孫の顔を見るのが、父の望みの一つでした。


そして、もう一つの望みが4月中旬に鹿児島に行くこと。

趣味のえびね蘭を見るために、4月19日〜20日に、父と母を連れて鹿児島に旅行に行ってきました。父が泊まりたいと言っていたホテルにも泊まることができました。

父は少しきつそうでしたが、その日を楽しみにしていましたので、連れて行けて良かったと思います。


その一週間後には、孫の理髪店💈で髪をきれいにしてもらい、嬉しそうにしていました。


通院は2週間に一度、私が連れて行っていましたが、父はずっと自宅で普通に生活をしていました。

5月1日に急に調子が悪くなり、往診をお願いしたところ、心臓の機能低下があるようなので、会わせたい人がいたら会わせあげてくださいと医師から言われました。

しかし、父は5月3日までベッドに横になりながらですが、ひ孫たちと遊んでいました。

私が寝込んでいたので、娘からその様子の動画が送られてきました。

それが最後の映像になりました。😢


父が亡くなった後、毎日朝お線香をあげに行っていますが、父が生きている時にもっともっと会いに行っていれば良かったと後で思いました。


後悔をしないように、父には出来るだけのことをしてあげようと思い、この4年6か月サポートをしてきたつもりでしたが、やっぱり後悔があります。


漢方ドリンクを飲み続けたおかげで、膵臓がんを克服したのですが、肺気腫を患っていたのが致命傷になったようで、心肺機能の低下で亡くなってしまいました。残念でなりません…


でも、父は自分が思い描いた最期を迎えられたので、それだけは良かったと思います。

映画のワンシーンのように、自宅のベッドで家族に見守られる中、すーと息を引き取ったようで、本当に良かったと思います。

でも、私としては、父に自分の言葉で最後にありがとう、また生まれ変わっても家族になろうね、と伝えたかった。それを伝えられず、残念でした。

なので、お棺の中に入れる手紙に書いて入れました。気持ちが伝わっていると良いのですが…


お父さん、今までありがとう、生まれ変わってもまた家族になろうね!


葬儀が終わり、初七日が終わった後、自分が死んだら私に渡して欲しいとお父さんから言われて預かっていた手紙があると言って母から手紙を渡されました。


手紙を受け取り、それを読むと涙が止まりませんでした。

私に対しての感謝の言葉、そしてお母さんをよろしく頼む、体に気をつけるよう私たちを心配する言葉などが書かれていました。

本当に家族思いの優しく、強く、私たちには大きな存在でした。

手紙を読み返すたびに涙が出てきます😢


お父さん、ようやく不安や苦しみから解放されたね。お母さんのことは自分と弟でサポートするので、心配しないでください。


まだまだ精神的にダメージがありますが、これから先は母を支えながら日々後悔をしないように過ごしていきたいと思います。


4年6か月、私のブログにお付き合いくださった方々、有り難うございました。心から感謝を申し上げます。

それから、同じような境遇の中にいらっしゃる方々には、後悔の無いよう日々をお過ごしいただければと存じます。


最後になりますが、皆様のご健康とご多幸を願っております。