今日病院の夕飯にハンバーグが出て
思い出したこと書こう

頭まわってきた



僕は小さい頃自分はそこに座れなかったけど
「家族が食卓を囲んで食事をする」
ということを知ってました


それは
自分は家族のごはんを作っていたことが多かったから

夕飯をつくるっていう指令は
自分の中で緊張しまくるでかいものだった

料理の作り方を教えてくれたのは
お母さん

そう思い出した
お母さんが教えてくれた



お母さんは小さい僕に
生きる方法をおしえた



隣にたつお母さんは
静かで緊張してて僕の目をあまり見ない



口数も少なくて
お母さんのまねをするように
包丁をつかった


お母さんがそれを見て頷いて


できる

できる


野菜を切って
米をたいて
フライパンをだして


お母さんはしずかに教えてくれたね


食事の時間は


僕には
かなしい時間で


継父とお母さんと妹がかこむテーブルを
キッチンから見てた

自分なんかいないみたいに
3人は食べた


家族を知ってる


家族はご飯を一緒にたべる


あの頃の僕は
家族がいるとは思っていなかった

僕は
この家族の奴隷で


このひとたちを怒らせないように
このひとたちのために
一生懸命生きる


言われたことを間違えないようにこなす

罰を受けるのは
自分がうまくできないから
頑張れてなかったから


ハンバーグをつくった


たぶん、
お母さんといっしょに


なんか今思い出すと
俺、料理はたいていお母さんとつくってたのかも


記憶があいまいで
はっきりわかんないけど
隣にお母さんがいたかんじがする


かたづけは
ひとりでした


洗い物をやってる途中で
遅いとよくキレられて


俺がごはんたべるとき
よく蘇ってくる記憶がある


それが
洗い物してるときに
おせえな、てあいつがきて
早くしろ、て叩かれるんだけど


たまに
機嫌がわるいときとか

おなかすいてんだろ?て
排水溝にネットしてあって
そこにたまってるやつを
口に入れられて のみこむまで口をふさがれて


そのときの
匂いとか感触
きもちわるさ


それがよく蘇ってきて
そうするとおえってなって


のみこむときの
無理やりのみこむ感覚が
あのときの排水溝のゴミみたいなやつを思い出しちゃって


それがつらくて
くるしい


おいしいごはんは
食べなかった
自分でつくったやつも
食べなかった


排水溝のやつ食わされて
のみこまなきゃいけなくて


ごはんの時間なんか
なくてよかった


ごはんの時間がなければ
排水溝に
ごみはたまらない







もちろん、そんなんばっかじゃない

部屋にもどって
家族とはべつの自分のご飯をたべた

生きるために
たべた

あったかいものはなかったと思う


ひとりで
部屋で


おなかがすいたから食べるんじゃない
キレられないように
生き抜くために
食べた


なにかは覚えてない
味も覚えてない




あったかい家族のごはん?
そんなの知らない


食べるのが幸せだなんて


今でも思えない


お母さんの味は?てきかれたことがある
ハンバーグってテキトーにこたえた


お母さんの料理を
たべた記憶はない


食べてみたかった


お母さんのハンバーグ


一緒につくった
ハンバーグ


食べてみたかった




当たり前がない自分の子供時代
異常だった家
それにきづいてから


ひとには
きかれたとき
たくさん嘘をはなして埋めてきた



ハンバーグ

遊園地

誕生日会


クリスマス


お正月



ないのが恥ずかしかった


嘘をはなして


あとでむなしくなった



その嘘たちは
自分がほしかったものだったんだな






あたりまえが
ほしかった


今も
あたりまえになりたくて
いつも

あたりまえに憧れてる




今からできる


そうだね


でも、
それでも


欲しかった


こどものときに