昨日、お風呂に入っている時、急に息子がこんな質問を投げかけてきました。

 

「宇宙には果てはあるの?」

 

うーん、それは私も人生の中で幾度となく問うてきたこと。

けっきょく、この歳になっても、正確なところは理解できずじまいです。

宇宙の膨張とか、なんか難しい話で…

なので、そこは自信をもってこう答えたしだいです。

 

「さあ、どうなんかな~?」

 

ある意味、良い答えのような気もしましたが、

良いも悪いも、ホントに知らないのだから、こう答えるしかありません。

迷ったのは次の2つの質問です。

 

質問①

「じゃあ、地球には果てはあるの?」

 

マイクラだと、確かにワールドの終わりってありますからね。

でも、実際のこの地球の場合はもちろん違います。

家を出て、まっすぐ西に向かってえんえんと進んでいくと、

九州をこえて、中国をこえ、インドをこえ、ヨーロッパをこえ、大西洋をこえ、アメリカ大陸をこえ、太平洋をこえ、するとまた日本が見えて来て、そして見覚えのある家に着く、「あれ、ウチじゃん。」、と。

つまり、果てはなくて、ぐるっと一周、

つまり球体なんだよ。

そんなふうに説明をしました。

 

これで納得するかと思ったら、意外な質問。

 

質問②

まっすぐ西に向かって行ったら、一周じゃなくて、空中に出るよ」

 

どうやら、こういうイメージらしいです↓

 

なるほど、確かにまっすぐ移動といったら空中浮遊になります。

そして、湯気でくもった風呂場の鏡に、下のような絵を描いてあげました。

 

 

 

すると、これに納得がいかなかったようで、

 

質問③

「何で地球から落ちないの?」

 

子どもには、「宇宙という場ではホントは上も下もないこと」

「万有引力によって地球にすべてのものが引っ張られていること」

という概念がないんですね。

 

つづけて説明しようか、どうか、迷いましたが、この「なんで?」はむしろ貴重な知識の余白・ギャップのような気がします。

知識のギャップは、人から受動的に埋めてもらうようりかは、いつか自分でその情報を探したり、ひょっとしたら実体験の中からヒントを発見するかもしれず、科学に関してだけは、むやみに知識のギャップをうめることは勿体ない気もします。

(子ども相手に、万有引力をうまく説明できない、という理由もありますが)