私の母は、私が高校生の時にパーキンソン病を患いました。
まだ50歳前後だったと思います。
まわりの友人のお母さんたちはまだまだ元気なのにどうしてうちだけが、、と思いましたし、とっても悲しかったのを覚えています。
その後私は大学で社会福祉を学び、老人ホームでの実習が1ヶ月ほどありました。
でも結局介護の道には進まず、メンタルヘルス方面で就職をしました。
先日、同居の義父が転倒し動けなくなったことがありました。
家族でてんやわんやでしたが、比較的冷静に対処することが出来たワタシ。
そう、学生時代の実習や母の介護の記憶を引っ張り出して、事にあたることが出来たのです。
そして思いました。
昔取った杵柄(きねづか)だな〜と。
杵柄は餅つきの杵の棒の部分。
昔取った杵柄とは、いくつになっても体が覚えている、過去鍛えた腕前が衰えていないという意味だそうです。
私の場合、昔のほんの少しの介護体験が、今になって活きたわけなのです。
これには自分でも本当に驚きました
私覚えているじゃん と。
当時は辛かったり大変だったり、何で私だけうちだけなんだと悲観し絶望していました。
でもどんな経験も宝であって、その後どんな形で活かされるかわからないものなのです。
今まさに辛い状況真っ只中というアナタ。
大丈夫です、体験している経験している最中なだけです
ずっと続くわけではない、いつかあんなこともあったなぁと振り返れる日がきっと来ます
だからそれまで心折れてもいい、何とかやり過ごして生きながらえていただきたいと思っています。
今の苦しみ悲しみが笑顔に変わる日がきっと来るから。
皆さんの日常が少しでも心豊かなものになりますように。
アラフォー主婦/親子セラピスト®seikoでした