ももひきの消えた日 | ニューヨーク狂人日記

ももひきの消えた日

やっとかなきゃいけないことをやっとやった。
とは言え、「やった」、そのほとんどは待つということだったのだけれど。
やっと電話がつながり、やっと少しだけ前進。
この「やっと」までが大変なんだ。

水筒から熱いコーヒーを飲み、たばこを1本。
ビルディングへと向かう。

交差点で左側からカラフルなドレスが近づいてきた。
立ち止まり、30代と思しき黒人女性に道を譲る。

"Thank you."
"You are welcome."

6年?7年?それとも8年?

すんなりとこの言葉が出てくるようになってから
いったいどれくらいになるだろう?
いつものことだが、よくわからない。

遠くから見るとそこには厳密な境界線が引かれているのかもしれない。
自分の中にある日本人がすり減り、
アメリカという膜が不均等、不完全にかぶさっていく。

言葉としては確かにあった。
それでも、日本人の(古い)文化の中には
「どういたしまして」
といった感情はあまりなかったのではないだろうか。

言葉としては知っていても
「どういたしまして」
口に出した記憶はない。

それを日常会話の中で使うことを知ったのは
中学校1年生の教科書:New Prince English Course
すんなりと口から出るのに30年ほどかかった計算だ。
いまだ日本語で口に出した記憶はない。



歩いている時に線は見えてこない。
大陸を歩き、国境を越えた(越える)と知るのは、
そこに小屋が設けられているからだ。
副次的なものから一次的存在を知るだけ。
ぼくらの目に線は見えない。
地面に引かれているわけでもない。
引かれているところももしかしたらあるかもしれないが、
それはごく薄く表層に描かれているに過ぎず、根っこはない。



Spring Breakで学生が少なくなっているせいもあるだろう。
桜の花びらが湿ったアスファルトを埋めているからかもしれない。
それでも、一歩進んだ、という安心感が大きいのではないだろうか。

ゆっくりとしている。
ゆったりとしている自分がいる。
いや、ももひきをはいていないせいかもしれない?
最後にはいたのはいつだっけ?
いつものことながらこれも思い出せない。
少しだけ心に余裕の生まれたとき、
ももひきをはいていない自分に気づいた。



●月X日はももひきとサヨナラする日。
多くの、またはあらゆる物事をピシリ、ピシリ。
そうして日々を送ることのできる人がいる。
いや、ほとんどの人はそうなのかもしれない。

それはきっと気持ちのいい生き方なのだろう。
すべてが右から左へ、上から下へ軽快に移動をしていく。
あるべきものがあるべき場所へと動いていく。
だが、ぼくにはできない。

●月X日と決めることなく
<ひとにぎり>という掌で時間帯をすくう。
そうした感覚でビールの栓を抜いたりしながら生きている。

そういえば学生の頃は年に数度●月X日という日があった。
制服が夏のものになったり、冬のものになったり。
▲~☆にかけては中間服という実に微妙な
ファジーな、いうなればグレースピリオドという時間があったり。

永井荷風「あめりか物語」冒頭には
ある日を境にして一斉に夏服へと衣替えをする女達の記述がある。
紐育という街が一斉に明るく、華やかに染まるその日。
人生の、生活の中に意識的に節目を設けるというのはやはり気持ちがよさそうだ。

かといって、そんな生き方をするにはもう遅すぎる。
いつも何かを動かしている。
そんな日々はぼくには送れそうもない。



さて、長袖のジャケットを脱ぐのはいつだろう。

半ズボンはいつ頃からはこうか?

あー、やらなきゃならないことが山ほどある。
まー、なんとかなるだろう。

そうしてまたももひきを穿く。



歩行者用の信号が秒読みを始め赤へと変わった。
車はやってこない。
渡る人はいない。

期日を決めてももひきを脱ぎはきするようになったぼくは、
なんだかやさしくなれないような気がする。
あくまで、ぼく、個人的なことなのだけれど。





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