コイン <おもて>
<おもて>
何円玉だっだっけ。
小さなころのクリスマス・プレゼント。
目覚めると枕元にマジック・セットが置かれていた。
あんな小さなころからマジックが好きだったんだ。
しかしこれは魔術でも、妖術でも、幻術でも、魔法でもない。
奇術。
いろんな道具の中に両面表のコインがあった。
ポンッ。
宙に放り投げたやつを受け止め手のひらを握りしめる。
「これは表が出ています」
裏を出したいときは両面裏のほうを放る。
「今日はどうだったっけ?」
昼過ぎになって見忘れていたことに気づく。
いつもだと朝の日課で見上げながら通り過ぎているのに。
今朝も通り抜けてきたのだけれど。
どちらだったかまったく思い出せない。
昼食のあと、いつもの場所で一服。
裏口から仕事場のあるビルへ入ろうとしたときだった。
人口滝のことを思い出したのは。
ガマンくらべを見てる気分になってくる。
いくら今年の冬があたたかだとはいっても。
裏口には2軒のカフェが店を構える
どちらもまだテーブル・セットを屋外に出したままだ。
ビルにはさまれ、頭上には大きな渡り廊下があるとはいっても、
冷たい風が吹き抜けてゆく。
夏、清涼感があふれたペパーミント・グリーンやオレンジの椅子も、
冬空の下では寒さを引き立てる風景のさし色となる。
この冬はしまわないつもりなんだろう。
座席数を確保しておきたいのか。
うん、それはわかる。
不景気だからね。
たまにだけれど、座っている人を見かける。
マフラーに首をうずめてサンドイッチに挑んでいる人を。
まあ、公園で弁当を食べるぼくがとやかく言うことではないけれど。
そんなわけでこの春は風物詩が少し減ってしまうわけだ。
まだ寒さの残る朝、
どこかの店が屋外へテーブル・セットを運び出す。
そんな風景がニューヨークに春の訪れを告げるのだけれど。
そのときだった。
疑問が浮かんできたのは。
「落ちていたっけ、今朝は」
毎朝通り抜ける人口滝。
貫く巨大なガラス・チューブの中では記念撮影をする観光客が絶えない。
なにか考えごとでもしていたのか。
滝が落ちていたのかどうか、まったく思い出せない。
そのときの自分をひとつ、ひとつ思い出してみる。
「そうだ!」
思いあたることがひとつ。
池を見ながらチューブを抜けたんだった。
いつの間にかたまっていた底に沈むコインを。
夏の間には見られなかったもの。
「今年はいつ止まるのかな」
毎朝、滝を見ながら通り過ぎていたので、
足元まで目が行き届いていなかったらしい。
ほしいいな、魚のような目が。
滝を見上げている間に溜まって、貯まってしまったのだろう。
これは寄付なのだろうか。
それとも収益なのだろうか。
浄財ではある。
初詣の賽銭はどんな感じだったんだろう。
注意して見ていると、
Penny(1セント)の銅色に混じり、銀色が意外と多いのに驚かされる。
しかもQuarter(25セント)が一番多い。
不景気といういつ終わるともしれぬ社会背景を考えると、
水底で光る銀色は奇異に映る。
できるだけ小額にしたいのが人情だろうに。
いや、逆か。
24セントをケチり幸運を逃してしまうよりは、
だれの振る采配かはわからないが、
その程度の投資はしておくべきなのだろう。
幸福のために。
幸運のために。


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何円玉だっだっけ。
小さなころのクリスマス・プレゼント。
目覚めると枕元にマジック・セットが置かれていた。
あんな小さなころからマジックが好きだったんだ。
しかしこれは魔術でも、妖術でも、幻術でも、魔法でもない。
奇術。
いろんな道具の中に両面表のコインがあった。
ポンッ。
宙に放り投げたやつを受け止め手のひらを握りしめる。
「これは表が出ています」
裏を出したいときは両面裏のほうを放る。
「今日はどうだったっけ?」
昼過ぎになって見忘れていたことに気づく。
いつもだと朝の日課で見上げながら通り過ぎているのに。
今朝も通り抜けてきたのだけれど。
どちらだったかまったく思い出せない。
昼食のあと、いつもの場所で一服。
裏口から仕事場のあるビルへ入ろうとしたときだった。
人口滝のことを思い出したのは。
ガマンくらべを見てる気分になってくる。
いくら今年の冬があたたかだとはいっても。
裏口には2軒のカフェが店を構える
どちらもまだテーブル・セットを屋外に出したままだ。
ビルにはさまれ、頭上には大きな渡り廊下があるとはいっても、
冷たい風が吹き抜けてゆく。
夏、清涼感があふれたペパーミント・グリーンやオレンジの椅子も、
冬空の下では寒さを引き立てる風景のさし色となる。
この冬はしまわないつもりなんだろう。
座席数を確保しておきたいのか。
うん、それはわかる。
不景気だからね。
たまにだけれど、座っている人を見かける。
マフラーに首をうずめてサンドイッチに挑んでいる人を。
まあ、公園で弁当を食べるぼくがとやかく言うことではないけれど。
そんなわけでこの春は風物詩が少し減ってしまうわけだ。
まだ寒さの残る朝、
どこかの店が屋外へテーブル・セットを運び出す。
そんな風景がニューヨークに春の訪れを告げるのだけれど。
そのときだった。
疑問が浮かんできたのは。
「落ちていたっけ、今朝は」
毎朝通り抜ける人口滝。
貫く巨大なガラス・チューブの中では記念撮影をする観光客が絶えない。
なにか考えごとでもしていたのか。
滝が落ちていたのかどうか、まったく思い出せない。
そのときの自分をひとつ、ひとつ思い出してみる。
「そうだ!」
思いあたることがひとつ。
池を見ながらチューブを抜けたんだった。
いつの間にかたまっていた底に沈むコインを。
夏の間には見られなかったもの。
「今年はいつ止まるのかな」
毎朝、滝を見ながら通り過ぎていたので、
足元まで目が行き届いていなかったらしい。
ほしいいな、魚のような目が。
滝を見上げている間に溜まって、貯まってしまったのだろう。
これは寄付なのだろうか。
それとも収益なのだろうか。
浄財ではある。
初詣の賽銭はどんな感じだったんだろう。
注意して見ていると、
Penny(1セント)の銅色に混じり、銀色が意外と多いのに驚かされる。
しかもQuarter(25セント)が一番多い。
不景気といういつ終わるともしれぬ社会背景を考えると、
水底で光る銀色は奇異に映る。
できるだけ小額にしたいのが人情だろうに。
いや、逆か。
24セントをケチり幸運を逃してしまうよりは、
だれの振る采配かはわからないが、
その程度の投資はしておくべきなのだろう。
幸福のために。
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