ステップ | ニューヨーク狂人日記

ステップ

ビールを飲む。
けっこう飲む。
けっこうな量を飲む。
困ってしまうのは、1度トイレへ立つと際限がなくなる。


サッ。
ノブを握るか、握らないか。
回したのか、回さなかったのか。
一瞬のことでわからない。
手を引っ込めた若いアジア人女性は、
踏み出していた右足を斜め後ろに戻し、
もう一方は半歩ほど左に移動する。
追いかける右足。
おなかの前で組まれた両手はどこか空虚で、
ドアに書かれた、LADYという文字を見つめる。
ずっとその姿勢で立っていたかのような錯覚が突然ぼくを襲う。
2分ほどでドアが開き、メンバー交代。
手持ち無沙汰となってしまったぼくは、
店内を見回しながら来たるべき時を待つ。


今回の帰国でもとうとうお目にかかれなかった。
用心深いのか、こまめにに拾っているのか。
日本では地面に1円玉すらも見つけることがなかった。
あちこちにゴミの落ちているNYではお金も落ちている。
数にすればかなりのものが。
ほとんどは1¢玉だけれど。


立ちどまることが、
腰をかがめることが、
拾うことが、いつの間にかできなくなっている。
境目の帯はどのあたりだったろう?
1¢ををせせら笑っているわけじゃない。
拾いたいんだ。
でも、しゃがめない自分。

最高額は268ドル。
現金はネコババし、財布は郵便ポストに放り込む。
金額は覚えているのに、何に使ったのかは忘れてる。



習慣や習性といったものはなかなか抜けることがない。
「28ドル」
「9ドル」
「52ドル」
空缶集めをしている人を見かけると、ついつい合計金額をはじき出してる。
しかも瞬時に。
缶、ペットボトル、ビンの割合い。
ペットボトルのサイズ。
水や、アイスティーなど金にならないものの混合比。
実際に受け取る金額と、そこまでかけ離れていないはず。
「Free」
「it's Works!」
「Take Me Home!」
クーラー、椅子、棚、洋服、靴、古本、掃除機……。
サインをつけられ歩道で里親を求める様々な物たち。
遠くで存在を確認し、通り過ぎるころには値踏み終了。


「うんうん。うん。おや……?…」
馴染みあるデザイン。
VINTAGEブランドのSeltzer Water。
水色のデザインは、空缶集めをしていた頃からのお気に入り。
そんなこともあって、グングンと目が引かれていく。
5mで確信。
2mでゆるぎないものに。

立ちどまれなかった。
逡巡から決定まで1秒にも満ちてはいないはずだが、かけめぐる時間は重い。
照りつける2時の陽射しの下、涼しい顔で通り抜ける。
なにもなかったかのように。
ベンチの上に転がる水色のボトル。
間違いなく未開封だ。



「それにしれも長いなー」
「ん……、もしかして?」
ノブは意外なほど簡単に回ってしまい、
Gentlemanの文字の向こうに広がる空間には誰もいない。
「あぁ、あの女の子はこらえきれずに……」
欲望と理性の間で踏むステップ。
たたら。

やりたいことは何なんだ?