今日、35日の法要を菩提寺で行いました。



昔は近所に住んでいたので境内も遊び場でした。


住職や若住職、先代のおばちゃんも良く知っています。妻との結婚式にもおばちゃんには来てもらいました。


20年くらい鐘掃除をしてから除夜の鐘の最初と締めくくりの鐘を突いていたときもありました。


今回は満中陰の法要にあたり、お寺で法要を行うことを決めて、お願いしました。


妻は1人でさみしくないのかな、もう痛みはないのかな、薬師如来様に万能薬をいただいて元気な身体になったのかな、妻に会いたいな、私と息子のことを心配してるんじゃないかな、いろんなことを考えてしまいます。


妻にもう少しそばにいて欲しいので、今回はお墓に納骨せず、家に遺骨を置くことにしました。


お葬式が終わってから息子には、「お父さんが死んだらお母さんと一緒にお墓に入れてな。」と言ってあります。


息子も一生懸命考えてから、「分かった。」と言ってくれました。


法要が終わってからは、同級生のお店で法要に来てくれた親戚にご飯を食べてもらいました。


解散後、卒塔婆と位牌だけお墓に持って行ってから帰宅しました。



家に帰ると一気に疲れが出ました。


息子を遊びに連れて行くと食事のときに約束しましたが、無理でした。


香典返しや高額療養費の申請などお金の面でも目処が立ち、支払いが残っているのは介護ベッドの支払いくらいになりました。契約してから介護認定が下りたので計算がややこしいみたいです。


これから、親子2人でがんばっていきます。



先日、協会けんぽの埋葬料の手続きをしましたが、返却されてきました。妻の住民票の除票と私の戸籍謄本を送っていましたが、私の戸籍謄本ではなく住民票が必要とのことでした。


除票を出してもらうには使用目的を市役所の書類に書き込む必要があり、手続きのときに銀行などに提出する書類を同時にもらいに行っていたので混乱してしまいそうでしたので、協会けんぽさんに電話し、市役所の方に電話を代わってもらい書類を整えてもらいました。


そのような経緯がありましたので驚いてしまいました。協会けんぽさんに電話し、事情を話しました。結果、やはり住民票が必要でした。仕方がないので準備をして送りました。


その電話の際に、前回、高額療養費の申請についても傷病手当の申請が終わってから行ってくださいと言われましたが、合っていますかと聞いてみました。また、領収書が揃えられなければ、治療を受けた医療機関や調剤薬局を記載してくださいと言われましたが、その進め方でよろしいですかと聞いてみました。


すると、3月までの状況を調べて書類を送ってもらえることになりました。人が代わるとこんなに違うのかと思いました。


何とか手続きを進められそうです。



また、入院中のアメニティの請求書が郵送されてきましたのでコンビニで払ってきました。訪問看護の費用も請求書がきていないので電話しました。週末でしたので事務の方がおらず詳細は分かりませんでしたが未払いのようでした。明日以降、連絡をくれるそうです。


仕方ないこととはいえ、どんどんどんどんお金が出ていきますね。妻がお金を残していてくれて助かりました。



水曜日に息子が学校でじゃがいもを掘ってきましたので金曜日にポテサラを作り、土曜日にはダイソーで買ってきた器具を使ってポテチを作りました。


ポテサラはイマイチだそうです。前に余っていたじゃがいもで作ったポテサラの方が美味しかったそうです。ポテチは電子レンジで作れると担任の先生に教えてもらったそうで、ネットで調べたらダイソーのアイテムでできそうなので作ってみました。美味しくないそうです。


なかなか難しいですね。


今日は残ったじゃがいもを使って、明日の晩御飯用ににくじゃがを作りました。今日作っておくと明日が楽なので。うまくいけばいいのですが。



今日の昼間は、妻の携帯の契約を解除にゆめタウンまで行って来ました。2ヶ月くらい置いておこうと思っていましたが、妻にもったいないことをしなくていいと言われそうな気がしましたので、行ってきました。数千円の倹約になりそうです。



手続きを終え、息子が授業で使う水着と履き物を買いに行きました。バッグやタオル、ラッシュガードは昨年のものが使えそうでした。


先日息子の靴を見たら破れていました。学校から上靴がキツくなっていますと連絡がありました。上靴は週末に購入予定でしたが、妻のことを集中して見ていたことや倹約を中心に考えていたことで息子のことが見えていなかったのだと反省しました。


その後、息子がクレーンゲームをしたいと言うので少しだけお小遣いを渡しました。見事にオロナミンCの10本パックをゲットしました。見事、黒字です。



ゆめタウンのレシートを持っていくと1ゲーム無料になるので、隣にあるお気に入りのキックターゲットに連れていきました。1年前より格段にキック力が増していました。



キックターゲットを終え、帰宅していると髪の毛が伸びたと言うので、ダメ元でいつも行っている理容室に電話してみると運良く空いていました。



髪を切り終えてから激安スーパーに行ってきました。バラ肉、鶏肉、野菜を買い、小分けにして冷凍などをしました。このスーパー、近所にあればいいのに。



今さっき息子に「2人で死んだらお母さんに会えるね。」と言われてドキッとしました。「一生懸命行きてから死んだら会えるけど、自分から死んだりしたらお母さんには会えないよ。お母さんみたいに天国に行けないよ。」と答えました。



昨日は妻の遺品整理で、妻の服をゴミ袋に入れていきましたが、思い出のあるものばかりで2人で「お母さん、これ着てたね。」と話しながら袋に入れていきました。


また、箱に入っていた写真をアルバムに入れ、夜はハードディスクや携帯に残る写真をプリントアウトしアルバムに入れていきました。息子が生まれたあたりの写真はたくさんありましたが、最近の写真はほとんどありませんでした。何でもっと写真や動画を残しておかなかったのかと後悔しました。


棺の中に看護師の服や写真を入れてあげれば良かったと今更思いました。自分が葬儀会社の担当者をしていたときには遺族の方に言っていたことなのに。



いろいろありますが、2人で頑張っていきます。


先日、遺族年金の手続きに社会保険事務所に行って来ました。


混み合っているそうで、仕事が始まってからしか面談の予約が取れませんでした。


最初に後で聴き直せるように録音することの許可を求めましたが断られました。ダメだそうです。


私と息子のマイナンバーカードを提示したり、通帳を渡したり、書類に順番にサインしたりしていきました。


遺族基礎年金の手続きが終わり、続いて遺族厚生年金の手続きに移りました。遺族厚生年金は息子の通帳に振り込まれるそうです。


遺族基礎年金は私が再婚した場合、遺族厚生年金は息子が高校を卒業する3月もしくはそれまでに結婚した場合には受給停止になるそうです。


遺族厚生年金は妻が在職中に亡くなったことで受給できるそうです。もし退職後1号被保険者や3号被保険者になっていた場合には受給できなかったそうです。


つまり、厚生年金に加入中であれば貰え、国民年金のみの加入状況であったなら受給できないそうです。ただし厚生年金の加入期間が25年を超えた場合は受給できるなどのルールがあるそうです。


妻の場合は20年の加入期間なので退職後に亡くなっていたなら受給できなかったそうです。いろいろ複雑な気持ちです。無くなる前日に荒い息で苦しいのに職場に月末での退職をお願いしていた妻。もしも月を跨いで生きていたら遺族厚生年金は受給できませんでした。


FP3級の試験勉強をしていたので退職後の場合は受給できない可能性があるなとは思っていました。きちんとした妻の性格を考えると言うことができず、また、亡くなることを前提にしたことを言うことができませんでした。


何とか遺族年金の手続きを終えることができました。





11月に徳大病院の待合室で手術できるかもしれない、「まだ生きられるかもしれない。」と妻が涙を見せてからそんなに経っていないのに。


でも、2人で調べて行動して参加できた治験。もしも参加できていなければ5年前に亡くなっていたかもしれませんでした。


息子の入学式を3人で迎えることができました。そのことに関しては、国立がんセンター、岡山大学病院、徳島大学病院、イーライリリーなど妻にかかわっていただいた医療関係の方々をはじめとした皆さまに感謝しています。


でもよく考えると入学式から1年ほどしか経っていないんだな…


妻に会いたいな。