妻が亡くなって約2か月が経ちました。
カードの暗証番号等、しっかり者の妻が何もしていないはずないと思い、家中を探していました。
亡くなる前、転職してから毎月貯金を切り崩していたことを気にして最後にお金をしまっている場所を教えてくれた妻。
お金をしまっていたのが妻の荷物を置いていた部屋でしたので先入観が芽生えてしまっていました。妻の荷物置き場の部屋、洗濯干しの部屋、寝室、和室と順番に片付けながら調べていきました。
書類を1枚1枚めくり、調べ、まとめていきました。調べては片付け、調べては片付けしていき、環境組合に持ち込んだゴミ袋は30袋を超えていました。
しかし、何も見つかりませんでした。
最後に初めに調べたダイニングにある妻の書類ボックスと、見ていなかった私の書類ボックスを片付けていた昨日のことでした。
妻のボックスを片付けた後、私のボックスを片付けていたとき、紀伊國屋の袋に入ったエンディングノートを見つけました。
中には預金先の銀行名や暗証番号が書かれていました。
「お母さん、お父さんのところに入れたら分からないよ。」
そう呟いていました。
「お父さんは、本当に探し物が下手やな〜。」
妻に言われている気がしました。
先入観から見つけるまでに2か月かかってしまいました。
「やっぱり、お母さんはしっかりしているな。お父さんは探し物が下手やね。お母さんがいないとダメだわ。」
遺影の前で妻に語りかけました。
何か妻の気持ちが分かる物はないかと携帯の中を探し、何か手紙のようなものはないかと探していましたが見つかっていませんでした。
しかし、エンディングノートの中には、『大切にしているもの 涼介 お父さん』と書かれていました。
見た瞬間、泣いてしまいました。多分この2か月、この一言を探していたんだ、見つかって良かったと思いました。
妻は、できるだけ家にいたい。家族で一緒にいたいと言っていました。家族を大切に思ってくれていた。それが再確認できました。
このノートに書かれた文字で、がんばって生きていこうと思うことができました。
治療方針のところには、状況の説明をきちんとして欲しいとチェックが入っていました。
妻もそれを望んでいたと思いますが、私には「もう家には帰れない。」と言うことができませんでした。「必ず家に連れて帰ってやるかはな。大切なことで嘘をついたことがあるか。」そう言ったことが正しかったのかどうか今も考えてしまいます。
亡くなる前日も普通に話ができていたので、そんなに急変するとは思いもよりませんでした。主治医の先生も大袈裟に言うな〜と思っていました。しかし、主治医の先生の見立てが合っていました。
亡くなることが分かっていたら、伝えたいことがあったのではないかと思ってしまいます。多分言ったら言ったで、何故言ってしまったんだろうと後悔しているかもしれません。
でも、妻は。お金の置き場所を知らせてくれた直後、安心したように息を引き取り、穏やかな顔をしていました。
亡くなったあとのことまで考えてくれていた。本当に私にはもったいないくらいの妻です。
傷病手当、高額療養費の払い戻し、遺族年金などの手続きも終わり、残す手続きもあと少しになりました。
今夜は息子が好きだった麻婆豆腐のレシピをエンディングノートに残してくれていたので2人で食べました。「お母さんの味だね。」2人で話しました。
先日には海水浴に行ったのですが、途中にある大窪寺にお参りに寄りました。
ご本尊様が薬師如来様であることを知っていましたし、妻とも何度も来ていたこともあり、49日の週に参拝しました。
「妻に万能役をお願いします。元気な体になって極楽浄土に行けますように。」と2人でお祈りしてきました。
「お父さん涼介大好き。でも、お母さんはもっと好き。」
いつも言っていた言葉、妻に届きますように。