夫と話さなくなってから、

気づいたことがあります。

 

私はずっと、

夫の様子に敏感でした。

 

機嫌が悪そうだな。

今日は疲れてるのかな。

今話しかけない方がいいかな。

 

そんなことを、

よく考えていました。

 

今日は大変そうだから、

手伝って、って言うのはやめておこう、とか。

 

 

でも、夫は、

私の顔色を見ません。

 

私が疲れていても。

黙っていても。

元気がなくても。

 

あまり気づきません。

 

 

昔はそのことが不満でした。

 

どうして分からないんだろう。

どうして気づかないんだろう。

って。

 

でも最近、

別のことを思うようになりました。

 

私はどうして、

こんなに人のことばかり見ているんだろう。

って。

 

 

思い返すと、

昔からそうでした。

 

職場でも。

友達でも。

ママ友でも。

 

いつも周りを見ていました。

 

空気を見ていました。

 

怒っている人がいないか。

嫌な気持ちになっている人がいないか。

 

そんなことばかり気にしていました。

 

 

私はずっと、

優しい人なんだと思っていました。

でも今は少し違う気がしています。

 

私は優しかったんじゃない。

 

必死だったんです。

 

嫌われないために。

怒られないために。

居場所を失わないために。

 

だから周りを見ていた。

だから察していた。

 

 

そう考えると、

夫婦関係の見え方も少し変わってきました。

 

 

こう考えると、いろいろなことが整理されてきました。

もちろんまだ、全部は見えていません。

 

でも、気付けて良かった。

 

そのきっかけになった、

メルマガを置いておきます。

 

▶︎私が読んだ、たった7通のメルマガ

最近、

夫婦関係のことを考えていて、

ふと思い出したことがあります。

 

 

私は昔から、

何かあると自分を責める人でした。

 

 

でも、

昔はそれが当たり前すぎて、

気づいていませんでした。

 

 

例えば子どもの頃。

 

私は周りに馴染むのが得意ではありませんでした。

 

悪口を言われたこともありました。

仲間外れになったこともありました。

 

 

 

今でも覚えている出来事があります。

 

親友だと思っていた友達がいました。

 

ある日、

忘れ物を取りに教室へ戻った時。

 

その友達と、

別のクラスメイトが話していました。

 

声をかけようと思った瞬間、

聞こえてきた言葉があります。

 

「〇〇って調子乗ってるよね」

 

それは、

私の名前でした。

 

 

その瞬間、

全身の血の気が引いたような感覚に

なりました。

 

すぐに、走って

その場を離れました。

 

 

でも、

もっと覚えていることがあります。

 

それは、

その時に考えたことです。

 

 

私は、

相手を責めませんでした。

 

あの子たちひどいな。

そんな風には思いませんでした。

 

 

私が悪いんだ。

 

そう思ったんです。

 

私が変だから。

私が空気を読めないから。

私が嫌な奴だから。

 

そう考えました。

 

 

今なら思います。

本当は違ったんだろうと。

 

たまたま合わなかっただけかもしれない。

相手が未熟だっただけかもしれない。

環境の問題だったかもしれない。

 

そもそも、年頃の女の子って、

いつも誰かしらの悪口を言ってたから。

 

 

 

でも当時の私は、

そんなこと考えませんでした。

 

私は、

「私が悪い」

を選んだんです。

 

 

なぜか。

今なら少し分かります。

 

その方が希望があったから。

 

もし相手が悪いなら、

私はどうにもできません。

 

もし環境が悪いなら、

私は変えられません。

 

 

でも、

もし私が悪いなら。

 

私が変わればいい。

私が頑張ればいい。

私がもっとちゃんとすればいい。

 

そう思えたから。

 

 

 

だから私は、

自分を責める方を選びました。

 

そしてその日から少しずつ、

変わっていった気がします。

 

 

嫌われないように。

怒られないように。

浮かないように。

期待に応えるように。

空気を読むように。

 

そうやって生きるようになりました。

 

 

 

当時は、

それが良いことだと思っていました。

 

優しい人になることだと思っていました。

気が利く人になることだと思っていました。

 

 

でも今振り返ると、

少し違う気がします。

 

 

私は優しかっただけじゃない。

私は気が利いただけじゃない。

 

 

私は、

必死だったんです。

 

もう二度と傷つきたくなかった。

もう二度と仲間外れになりたくなかった。

もう二度と嫌われたくなかった。

 

 

だから、

周りを見て。

空気を読んで。

合わせて。

頑張っていた。

 

▫️▫️▫️▫️▫️▫️

 

そう考えると、

夫婦関係のことも少し違って見えてきます。

 

夫が察してくれない。

夫が分かってくれない。

それも確かに苦しかった。

 

でも、

私はそのずっと前から、

傷つかないために頑張る人だったのかもしれません。

 

 

今思うと、

その生き方が少しずつ私を苦しめていたのかもしれません。

 

なぜ私は、

こんなに頑張ることをやめられなかったんだろう。

 

 

その答えが、

少しずつ見えてきた気がしています。

少し前までの私は、

夫が変われば楽になれると思っていました。

 

 

もっと話を聞いてくれたら。

もっと察してくれたら。

もっと感謝してくれたら。

もっと協力してくれたら。

 

きっと私は今より楽になる。

そう思っていました。

 

 

だから、

夫にイライラしていました。

夫に腹を立てていました。

夫が原因だと思っていました。

 

でも最近、

少しだけ違う気がしています。

 

 

もちろん、

今でも夫に思うことはあります。

 

もっとこうしてほしい。

どうして気づかないんだろう。

そう思うこともあります。

 

 

でも、

もし本当に夫だけが原因なら。

もっと楽になっているはずなんです。

 

 

例えば、

夫が出張で家にいない日。

不思議と平和だったりします。

 

もちろん大変です。

全部一人でやらなきゃいけないから。

 

 

でも、

気持ちは少し楽だったりする。

 

期待しなくていいから。

傷つかなくていいから。

 

そんな日もありました。

 

 

その時、

ふと思ったんです。

 

私が苦しいのは、

夫が何もしないからだけなんだろうか。

って。

 

 

だって、

よく考えたら、

私は昔から似たようなことで苦しんでいました。

 

職場でも。

ママ友との関係でも。

友達との関係でも。

 

私はいつも、

相手の顔色を見ていました。

 

嫌われないように。

迷惑をかけないように。

ちゃんとしなきゃ。

頑張らなきゃ。

 

そんなことばかり考えていました。

 

 

 

そして何かあると、

すぐに自分を責めていました。

 

私が悪かったのかな。

私の言い方が悪かったのかな。

私がもっと頑張ればよかったのかな。

 

そうやって。

 

夫婦関係も、

もしかしたら同じなのかもしれません。

 

 

夫が原因。

それもあると思います。

 

でも、

それだけじゃない気がするんです。

 

なぜなら私は、

夫と出会う前から、

ずっと苦しかったから。

 

夫と結婚する前から、

ずっと頑張っていたから。

 

ずっと誰かに認めてほしかったから。

 

ずっと、

「これでいいのかな」

を繰り返していたから。

 

 

 

そう考えると、

私の問題は夫婦関係から始まったわけじゃないのかもしれない。

 

 

もっと前。

もっと昔。

ずっと前から始まっていたのかもしれない。

 

最近、

そんなことを考えるようになりました。

 

そして思い出したんです。

 

 

私が初めて、

「私が悪い」

と思った日のことを。

私はずっと、

夫に怒っているんだと思っていました。

 

夫が何もしないから。

夫が察してくれないから。

夫が感謝してくれないから。

夫が分かってくれないから。

 

だから私はイライラするんだと思っていました。

 

 

実際、

毎日のようにイライラしていました。

 

食器がそのままになっている。

脱いだ服が置きっぱなし。

子どものことを頼んでも忘れる。

 

そんな小さなことが気になる。

 

 

そして、

またか。

 

と思う。

 

 

そんな毎日でした。

 

 

だから私は、

夫に怒っているんだと思っていました。

 

でも、

夫と話さなくなってしばらくした頃。

 

 

ふと思ったんです。

 

 

私、

本当に怒っているんだろうか。

 

って。

 

だって、

怒っているなら、

まだ期待しているはずだから。

 

 

変わってほしい。

分かってほしい。

何とかしたい。

 

そんな気持ちが残っているはずだから。

 

 

でも私には、

それがありませんでした。

 

話したくない。

期待したくない。

傷つきたくない。

 

そんな気持ちの方が強かった。

 

 

その時、

少しだけ気づきました。

 

私が感じていたのは、

怒りじゃなかったのかもしれない。

 

 

本当は、

悲しかったのかもしれない。

 

 

疲れたと言った時。

 

「俺も腰が痛くてさ」

と言われたこと。

 

 

ご飯を作った時。

 

「もっと工夫したら?」

と言われたこと。

 

勇気を出して、

「少し手伝ってくれない?」

と言った時。

 

「あぁ」

だけで終わったこと。

 

 

 

私はその一つ一つに、

怒っていたと思っていました。

 

でも今思うと、

違いました。

 

 

私は、

分かってほしかったんです。

認めてほしかったんです。

 

 

大変だったね。

頑張ってるね。

ありがとう。

 

そんな言葉が欲しかったんです。

 

 

 

でも、

それが手に入らなかった。

 

だから悲しかった。

寂しかった。

苦しかった。

 

なのに私は、

その気持ちを認めませんでした。

 

 

悲しいなんて思わなかった。

寂しいなんて思わなかった。

 

だって、

そんなことを思ったところで、

何も変わらない気がしたから。

 

 

だから私は、

悲しさを怒りに変えていたのかもしれません。

 

怒りの方が強いから。

怒りの方が感じやすいから。

 

でも、

本当はずっと悲しかった。

 

 

そう考えた時、

もう一つ不思議なことに気づきました。

 

 

 

私はどうして、

こんなに「分かってほしい」が強いんだろう。

 

私はどうして、

認めてもらえないことがこんなに苦しいんだろう。

 

 

夫婦関係だけの話なら、

ここまで傷つかない気がするんです。

 

 

だって、

夫と出会う前から。

結婚する前から。

 

私はずっと、

誰かに認めてほしかった気がするから。

 

誰かに、

「あなたはそのままで大丈夫だよ」

と言ってほしかった気がするから。

 

 

そう考え始めると、

私の苦しさは夫婦関係から始まったわけじゃないのかもしれない。

 

そんな気がしてきました。

今振り返ると、

夫と話さなくなった理由は、

一つじゃありません。

 

 

小さなことが積み重なった結果だと思います。

 

 

でも、

「この日だったかもしれない」

と思う日があります。

 

 

その日は平日でした。

 

上の子の習い事の日。

下の子のご飯を食べさせて。

お風呂に入れて。

 

習い事のお迎えの時間を気にしながら、

私は一人でバタバタしていました。

 

 

子どもが二人いる方なら分かると思うんですが、

こういう日は本当に戦場です。

 

時計ばかり見て。

 

急いで。

急いで。

 

頭の中では、

次にやることをずっと考えている。

 

そんな状態でした。

 

 

その日、

夫はテレワークでした。

 

仕事中だったと思います。

 

でも休憩にしたようで、

リビングへ出てきました。

 

ソファに座って、

スマホを見ていました。

 

私はその姿を見て、

少しだけホッとしました。

 

誰かがいる。

少し助けてもらえるかもしれない。

 

そう思ったんです。

 

そして私は、

夫に声をかけました。

 

「少し手伝ってくれない?」

 

今思うと、

大したお願いじゃありません。

 

 

下の子を見ていてほしい。

少しだけ手を貸してほしい。

 

それだけでした。

 

 

でも、

私にとっては勇気がいる言葉でした。

 

 

なぜなら私は、

この時点で、私と夫は

会話が少なくなっていたし、

 

夫も、テレワークの日は

部屋にこもって

家のことや子供のことをすることはなかったんです。

 

 

だから、

できるだけ自分でやる。

そうしていました。

 

でもその時は、

かなり余裕がなかったんだと思います。

 

 

すると夫は、

こちらを見て言いました。

 

「あぁ」

 

そして、

そのまま自室へ戻っていきました。

 

 

私は一瞬、

何が起きたのか分かりませんでした。

 

 

あぁ?

それだけ?

手伝ってくれるんじゃないの?

 

聞こえてなかった?

何か急ぎの仕事?

 

頭の中で色んなことを考えました。

 

 

でも結局、

夫は戻ってきませんでした。

 

私は一人で、

そのまま全部やりました。

 

子どものことも。

習い事のお迎えも。

家のことも。

 

全部。

 

 

 

その時、なぜか、

怒りはあまりありませんでした。

 

むしろ、

ものすごく静かでした。

 

 

あぁ。

そうなんだ。

 

って。

 

 

それだけでした。

 

 

 

でも、

あの日を境に何かが変わりました。

 

夫に期待しなくなったんです。

 

疲れたと言わなくなりました。

助けてと言わなくなりました。

分かってほしいとも思わなくなりました。

 

 

どうせ伝わらないから。

どうせ変わらないから。

 

そう思うようになりました。

 

 

そして必要なこと以外、

私は話さなくなりました。

 

 

今思うと、

あの日の私は、

夫が手伝ってくれなかったことに傷ついたんじゃありません。

 

もっと別のことでした。

 

 

私はあの日、

助けてと言ったんです。

 

本当はずっと言えなかった言葉を。

本当はずっと我慢していたことを。

 

少しだけ勇気を出して言ったんです。

 

 

でも、

その声は届きませんでした。

 

 

だから私は、

諦めました。

 

夫を諦めたというより。

期待することを諦めたんです。

 

 

でも最近、

あの日のことを思い出すたびに考えるんです。

 

私はなぜ、

あそこまで傷ついたんだろう。

 

なぜ、

あの一言がそんなに苦しかったんだろう。

 

なぜ私は、

助けてと言うことにあんなに勇気が必要だったんだろう。

 

その答えは、

夫婦関係の中だけでは説明できない気がしています。

 

 

また、続きを書きます。

 

 

もし、同じ思いをしている人がいたら。

 

実は、私が自分のことを振り返るきっかけになった

とあるメルマガがあります。

 

何気なく、ある日見ていたブログから登録したのですが、

自分のことかと思う内容で、涙が出てきました。

 

 

誰かの役に立つかもしれないので、

ここに置いておきますね。

 

▶︎とある人が体験談を綴ったメルマガ

私はずっと、

パートになったら楽になると思っていました。

 

子どもが小さい頃、

私はフルタイムで働いていました。

 

 

朝からずっと、バタバタでした。

子供の身支度と、自分の身支度。

 

出発しようとするギリギリで、

子供がうんちして

おむつを変えなきゃいけなかったり。

 

保育園へ送って。

急いで職場へ向かう。

 

休憩時間もそこそこに

時短でできない分の仕事をして。

 

今度は急いでお迎えへ行く。

 

帰宅したら、

夕飯。

お風呂。

寝かしつけ。

 

気づけば一日が終わっていました。

 

 

 

毎日、

とにかく余裕がありませんでした。

 

だから私は思っていたんです。

 

 

仕事が忙しいから苦しいんだ。

時間がないから苦しいんだ。

 

もっと時間があれば。

もっと余裕があれば。

 

私は楽になれるはずだって。

 

 

 

そして、

上の子が小学校へ入学するタイミングで、

私はフルタイムを辞めました。

 

パートになりました。

通勤時間も短くなりました。

仕事の責任も減りました。

保育園のお迎えに追われることもなくなりました。

 

昔の私が欲しかったものを、

少しずつ手に入れたんです。

 

 

だから当然、

もっと楽になると思っていました。

 

もっと笑えると思っていました。

 

もっと余裕ができると思っていました。

 

 

 

でも。

思ったほど変わらなかったんです。

 

もちろん、

身体は少し楽になりました。

時間も少し増えました。

 

でも、

心はあまり変わりませんでした。

 

 

相変わらず忙しい。

相変わらず余裕がない。

相変わらず焦っている。

 

そして、

相変わらず苦しかった。

 

 

なんでだろうって、考えてました。

 

ずっと欲しかった生活に近づいたはずなのに。

苦しさの原因だと思っていたものを減らしたはずなのに。

 

どうして私は、

まだ苦しいんだろう。

 

 

その頃の私は、

むしろ前より頑張っていた気がします。

 

 

 

パートなんだから。

時間があるんだから。

 

家事くらいちゃんとやらなきゃ。

子どものことも見なきゃ。

 

夫は仕事を頑張っているんだから。

私が家を回さなきゃ。

 

そんなことを考えていました。

 

 

 

誰に言われたわけでもありません。

夫に言われたわけでもありません。

 

でも私は、

勝手に背負っていました。

勝手に責任を増やしていました。

 

 

そして、

勝手に苦しくなっていました。

 

 

今振り返ると、

あの頃の私はずっと何かを証明しようとしていた気がします。

 

パートになった私にも価値があること。

ちゃんと家族の役に立っていること。

母親として頑張っていること。

妻としてちゃんとしていること。

 

 

そんなものを、

誰かに証明しようとしていた気がします。

 

 

 

だから、

時間ができても楽にならなかった。

仕事が減っても安心できなかった。

 

だって、

苦しさの原因は仕事だけじゃなかったから。

時間だけじゃなかったから。

 

もっと別のところにあったからです。

 

 

 

でも当時の私は、

まだそれが何なのか分かりませんでした。

 

 

ただ一つだけ、

不思議に思っていました。

 

なんか私、いつも必死に頑張ってない?

 

休んでいいのに、動こうとするんだろう?

 

なんか、いつも「何かしなくちゃ」って思うんだろう?

 

 

その答えは、

夫婦関係よりも。

仕事よりも。

もっと昔から始まっていたような気がしています。

夫は、

ありがとうをあまり言いません。

 

もちろん、

全く言わないわけじゃありません。

 

 

でも、

これって、ありがとう言うべきじゃない?って

時ほど言わないんです。

 

 

夫がこぼしたお茶を拭いても。

夫の急ぎの洗濯をしても。

 

急遽の子どもの送り迎えをしても。

体調が悪い中で家事をしても。

 

特に何も言われません。

 

 

だから昔はよく思っていました。

 

なんで一言くらい言えないんだろう。

 

ありがとうって、

そんなに難しいことかな。

 

その一言が言えないだけで

人生損してるよなぁって。

 

 

でも、

夫は、

意地悪な人じゃありません。

 

職場の人には気を遣います。

お店の人にもお礼を言います。

子どもにも優しいです。

 

だから、

ありがとうを知らない人ではないんです。

 

 

なのに、

私には言わない。

 

 

そのことが、

ずっと引っかかっていました。

 

ある日、

夕飯の後片付けをしながら思ったんです。

 

私は何にこんなに腹が立っているんだろう。

 

ありがとうがないこと?

感謝されないこと?

 

本当にそうなんだろうか。

 

 

しばらく考えて、

気づきました。

 

 

私、

ありがとうが欲しかったわけじゃないのかもしれない。

 

 

本当に欲しかったのは、

見てもらうことだったのかもしれない。

 

 

今日も頑張ってたね。

大変だったね。

ありがとう。

 

 

そんな風に、

存在を認めてもらいたかったのかもしれません。

 

 

だって、

毎日やることがたくさんあるんです。

 

朝起きて。

子どもを起こして。

 

ご飯を作って。

学校の準備をして。

 

仕事へ行って。

帰ったらまた家事と育児。

 

 

終わったと思ったら、

翌日の準備。

 

 

 

毎日、

目が回るように過ぎていきます。

 

 

でも、

誰にも気づかれない。

 

当たり前みたいに終わっていく。

 

 

 

だから私は、

ありがとうという言葉が欲しかったんじゃなくて。

 

「ちゃんと見てるよ」

が欲しかったんだと思います。

 

 

でも、

その頃から少しずつ思うようになりました。

 

 

もしかして私、

夫に認めてもらおうとしているんだろうか。

 

夫に、

価値を証明しようとしているんだろうか。

 

 

もっと頑張れば。

もっとちゃんとやれば。

もっと良い妻になれば。

 

認めてもらえるかもしれない。

 

 

どこかでそんなことを考えていた気がします。

 

 

でも、

今振り返ると不思議です。

 

なぜ私は、

そこまで認めてもらいたかったんだろう。

 

 

なぜ私は、

そんなに必死だったんだろう。

 

夫にありがとうを言われないことより。

 

そっちの方が、

ずっと気になります。

少し前のことです。

 

夕飯の片付けが終わって、

子どもたちも寝て、

ようやく一息ついた時でした。

 

 

私はソファに座って、

何気なく言ったんです。

 

「最近疲れたな」

 

本当にただ、

そう言っただけでした。

 

 

家事も。

育児も。

仕事も。

 

毎日バタバタで。

 

なんだか少し疲れていました。

 

 

だから、

誰かに聞いてほしかったんです。

 

「最近疲れたな」

その一言を。

 

 

すると夫は言いました。

 

「俺も最近腰が痛くてさ」

 

 

私は、

「あぁ、そうなんだ」

と返しました。

 

 

会話はそれで終わりです。

 

 

 

夫に悪気はなかったと思います。

 

たぶん夫なりに、

自分も大変だという話をしたかったんだと思います。

 

 

 

でも。

私は少しだけ悲しくなりました。

 

 

欲しかったのは、

腰痛の話じゃなかったからです。

 

 

 

私は別に、

解決してほしかったわけじゃありません。

 

家事を代わってほしかったわけでもありません。

 

何か特別なことをしてほしかったわけでもありません。

 

 

 

ただ、

「疲れたね」

とか。

 

「大丈夫?」

とか。

 

そんな一言が欲しかっただけでした。

 

 

 

でもその時の私は、

それを言えませんでした。

 

「そういう意味じゃないんだけど」

とも言えなかった。

 

「少し聞いてほしかっただけなんだけど」

とも言えなかった。

 

 

 

だから、

「あぁ、そうなんだ」

で終わらせました。

 

 

 

今思うと、

こういうことがたくさんありました。

 

 

私が話す。

 

夫が違う話をする。

 

私が飲み込む。

 

何事もなかったことになる。

 

そんなことの繰り返しでした。

 

 

 

 

もちろん、

夫は悪気があったわけじゃないと思います。

 

だから余計に難しいんです。

 

怒るほどじゃない。

責めるほどじゃない。

 

でも確実に傷つく。

 

そんな小さな出来事でした。

 

 

 

そして、

その小さな出来事が少しずつ積み重なっていきました。

 

 

最初は話していました。

 

でも、

だんだん話さなくなりました。

 

どうせ分かってもらえないから。

どうせ伝わらないから。

 

そう思うようになったからです。

 

 

 

今振り返ると、

あの時の私は、

夫に話を聞いてほしかったんだと思います。

 

 

でもそれ以上に、

「疲れた」

と言ってもいい人になりたかったのかもしれません。

 

 

なぜなら私は、

疲れたと言うことに、

どこか罪悪感があったから。

 

 

パートなんだから。

私より夫の方が大変なんだから。

私が頑張らなきゃいけないんだから。

 

 

そんな気持ちが、

ずっとどこかにありました。

 

 

だから私は、

夫に傷ついたというより。

 

自分の気持ちを飲み込み続けていたのかもしれません。

 

 

でも、

どうして私は、

こんなに飲み込むことに慣れてしまったんだろう。

 

どうして私は、

助けてと言えなかったんだろう。

 

 

そのことを考え始めると、

夫婦関係よりもっと前の話にたどり着くんです。

夫と3ヶ月口をきいていません。

 

正確に言うと、
私が話さなくなりました。

 

 

夫から何か聞かれたら答えます。

 

「うん」

「わかった」

「別に」

「どっちでもいい」

「大丈夫」

 

そんな言葉だけです。

 

 

でも、自分から話しかけることはありません。

 

 

今日あった出来事も。

子どものことも。

面白かったことも。

困っていることも。

 

何も話しません。

 

 

話しても無駄だと思っているからです。

 

 

 

こう書くと、

「よっぽどひどい旦那さんなんだね」

と思われるかもしれません。

 

 

でも、そういうわけではありません。

 

 

夫は基本的には優しい人です。

 

 

子どもにも優しい。

真面目に仕事もしています。

休日には子どもと遊ぶこともあります。

 

だから余計にややこしいんです。

 

 

もし分かりやすくひどい人なら、

怒ることもできたと思います。

 

諦めることもできたと思います。

 

 

 

でも夫は、

悪い人ではありません。

 

 

ただ、

気づかない人でした。

 

 

私が疲れていても。

余裕がなくても。

限界が近くても。

 

気づかない人でした。

 

 

 

ある日、

「最近疲れたな」

と私が言ったことがあります。

 

 

その時、夫はこう言いました。

 

「俺も最近腰が痛くてさ」

 

夫に悪気はなかったと思います。

 

 

 

でも私は、

少し悲しくなりました。

 

 

欲しかったのは、

腰痛の話じゃなかったからです。

 

 

「大丈夫?」

その一言が欲しかっただけでした。

 

 

 

また別の日。

 

頑張って作ったご飯を子どもが残した時、

夫は言いました。

 

「もっと野菜も食べられるように工夫したら?」

 

 

その時も、

夫に責めるつもりはなかったと思います。

 

 

 

でも私は、

責められたように感じました。

 

 

もっと頑張れってこと?

私のやり方が悪いってこと?

 

そんな風に聞こえてしまいました。

 

 

でも私は何も言いませんでした。

 

 

 

言ったところで、

分かってもらえない気がしたからです。

 

 

 

それに私は、

パートになっていました。

 

子どもの小学校入学をきっかけに、

フルタイムを辞めました。

 

 

収入は減りました。

時間は増えたはずでした。

 

だからどこかで思っていました。

 

 

私はパートなんだから。

家事育児は私がやるべきなんだって。

 

夫の方が稼いでいるんだから。

私が頑張らなきゃいけないんだって。

 

 

だから、

疲れたも。

 

苦しいも。

助けてほしいも。

 

飲み込んでいました。

 

 

私が我慢すればいい。

私が頑張ればいい。

 

そう思っていました。

 

 

 

そして少しずつ、

話さなくなりました。

 

 

 

最初は、

言っても無駄だから。

 

次は、

どうせ分からないから。

 

そして最後は、

 

話したいとも思わなくなりました。

 

 

 

夫は気づいていないと思います。

 

 

 

たぶん今も。

 

私はずっと、

夫が原因だと思っていました。

 

 

夫が察してくれないから。

夫が分かってくれないから。

夫が何もしてくれないから。

 

だから苦しいんだと思っていました。

 

 

 

でも、

なぜ私はそこまで傷ついたんだろう。

 

なぜ私は、

助けてと言えなかったんだろう。

 

なぜ私は、

全部一人で抱え込んでしまったんだろう。

 

 

 

最近、

そんなことを考えています。

 

もしかしたら。

 

私が苦しかった理由は、

夫婦関係だけじゃなかったのかもしれません。