日本は北朝鮮、中国、韓国と「厄介な」国との距離が近い。しかし、日本国内で国防を真剣に議論する機会は少ないように感じる。

 

尖閣周辺に中国船が94日連続で侵入している。当然のことながら過去最長である。しかしながら日本政府は有効打を放つことが出来ず、中国船の侵入を許している形だ。

 

また、北朝鮮も核開発が進んでいると見られ、日本に対する脅威は増している。

 

そんな中、714日に2020年度版の防衛白書が公開された。筆者はこの防衛白書の公開をきっかけに、多くの国民が国防に関心を持って欲しいと思っている。

 

 

筆者は、今回の防衛白書は比較的まともであると感じた。北朝鮮の核・ミサイル開発に触れ、日本を攻撃する可能性に言及。「わが国の安全に対する重大かつ差し迫った脅威」だとした。

 

尖閣周辺に中国船が侵入していることに関しては、「執拗に継続」と批判した。「執拗」という言葉は中国の挑発に強く反発していることが読み取れる。

 

また、韓国については昨年よりも分量が減り、「幅広い分野で防衛協力を進める」という箇所が削除された。レーダー照射問題やGSOMIAを巡るいざこざがあり、日本としても韓国が重要なパートナーと断言できなくなってきたのが本音だろう。

 

政府は先月、イージス・アショアの導入を見送った。白書の中では「相当のコストと期間を要する」としているが、かねてから技術的、費用的な問題は指摘されていた。政府は今回の顛末を国民に丁寧に説明すべきだ。

 

代替案として、「敵基地攻撃能力」が議論され始めた。日本は専守防衛を基本としているが、多数のミサイルを同時発射されては全てを打ち落とすのは難しい。この敵基地攻撃能力は抑止力として期待されている。

 

 

防衛白書は国民に国防の理解を深めてもらう狙いがある。今回の防衛白書の公開を契機に、日本国内で国防の議論が活発化することを期待したい。

 

Author:よもぎ

「日韓問題」人と面と向かって議論する時はなかなか勇気がいる内容です。そして簡単なことなのに関わりにくく考えにくい内容でもあります。

 

今日、日本の教育では日韓問題について生徒にあまり求めない風潮があります。

言葉を変えると「考えさせない」風向きがあります。

私たち日本人にとって身近でかつ問題視するべきものにも関わらず私たち若者は日韓問題ひいては日本の様々な問題に興味をもっておりません。

それはなぜか。理由は様々ですが、今回は教育という観点から考えてみます。

 

私は以前に、とあるスピーチコンテストで「ヘイトスピーチ」について演説したことがあります。

それはスピーチの材料を決めかねていた私に「朝鮮人差別というものが日本ではある」と先生がアドバイスして下さったことがきっかけでした。

 

当時私は日本人が朝鮮人をヘイトまたは嫌っている理由について「文化が似ていて少しの違いで諍いが生じる為だ」と述べ、「一人一人の人間がいる。ヘイトなどせずに個人として仲良くしよう。」という結論の演説をさせて頂きました。

「日本人が不当に韓国人をヘイトしているからやめましょう」私はその綺麗事に流されてしまいました。

このスピーチ(ヘイトスピーチ)についてよく調べず己の見解のみの、まるで日本に非があるような内容で学校の大勢の方やコンテストの審査員の方々に演説しました。今でも後悔しています。

私たちはいつから非があるようなことをしたのでしょう。したとしたら、どのような内容でどのような根拠に基づいているでしょう。

 

「喧嘩両成敗、仲が悪いということはお互いに非がある」という考えは今でもあります。ところが現実問題、ことが国レベルになると本当にそうなのでしょうか。

私たちは考える必要があります。本当は何が悪いのか。悪いのは何故か。

考えうる材料を日本の教育では生徒に与えるべきです。

日韓併合の真実。今現在問題になっている日韓問題の理由の打ち明け。

 

人は生物学上「考える」ということは苦手です。だから考える必要ない綺麗事や自己の正義に過度に頼る傾向があります。

「日本が悪いことしたから韓国が嫌ってる」

「日本人は反省して戦争を2度としない」

なんて綺麗で素晴らしい言い分でしょう。

日本が反省して謝罪し続ければ全ての問題は解決する。簡単で平和的で考える必要のないことですね。

 

本当にそれでいいのでしょうか。繰り返しますが、私たち若者は考える必要があります。

綺麗事や理想論に囚われず、史実やれっきとした根拠に基づく確実なものを見出すこと、それが多種多様なメディア・情報の海に生きる私たち若者に求められることではないでしょうか。

そしてそれらを手助けする材料を与えるのが教育の義務であり急務課題ではないでしょうか。

 

 

余談になりますが、先日の東京都知事選において宇都宮氏が84万票を獲得して2位になりました。

でたらめな政策とめちゃくちゃな思想の持ち主でも綺麗事と宣伝効果で今の日本では2位になってしまいます。なによりも恐ろしかったのは宇都宮氏に投票している年齢別割合で20代前後の人が比較的多かったことです。

少し調べれば宇都宮氏がどれだけの人か分かるにも関わらずこの結果です。

情報量が多ければ多いほど認知負荷が増し、より簡略な方に人は逃げます。

私は宇都宮氏が84万人の支持のもと2位になったことが日本の危機を鮮明に物語っているのではないかと強く感じました。

 

Author:やまドゥン

 


私たち日本人に最も身近な憲法は当然のことながら日本国憲法です。この日本国憲法は昭和21年11月3日に公布されその翌年の5月3日に施行されました。日本国憲法は日本の法体系における最高法規に位置付けられています。

 

 

ここで、よくある誤解なのですが、日本は憲法によって権力の暴走を監視しているという考え方があります。しかし、実際には必ずしも憲法はそんな意味を持ち合わせているわけではありません。憲法という言葉の定義は英語と照らし合わせてみるとわかりやすいです。

 

英語で憲法のことを「Constitution」と言います。しかし、この「Constitution」という言葉は憲法だけを指す言葉ではありません。

少し例を挙げますと、この「Constitution」は「構成」「組織」「体質」「性質」などといった意味も持ちます。

また、「Constitution」を動詞化した「constitute」という言葉も「構成する」という意味を持ちます。

 

実は、憲法というのは「国の性質」を表しているものです。もっと深掘りすると、「国の成立のために必要不可欠である、基本的な法規範」ということができます。決して国家権力を制限するという意味ではありません。

 

実際に欽定憲法というものがありますが、これは国家権力を制限するものではないでしょう。これは君主が一方的に国民に与える憲法となっています。しかし、「憲法は国家の性質である」ということを考えるとこの憲法の使い方は間違っていないことが分かります。「絶対君主制」を象徴しているものですから。

 

多くの人はよく憲法はそもそも国家を監視するためのものとして捉えていますが、それは必ずしも正解ではないということを頭に入れておいてほしいです。

 

Author:よもぎ

 

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都知事選で支援する候補でいざこざがあり、離党の意思を示している立憲民主党の須藤元気議員。

須藤元気議員は離党届を3回提出したと主張しているが、立憲民主党の福山幹事長が7日に行われた定例会見で、須藤元気議員の離党届は届いていると明かしたうえで「不在時に勝手にアポなしで届けに来るので直接会う必要がある」と伝えたそうだ。

 

 

須藤元気議員は既に離党の意思を示しているが、離党届が受理されなければ離党が承認されない。立憲民主党としては須藤元気議員の態度を見極めて離党届を受理するか判断すると思われる。仮に須藤元気議員が更に反党行為をエスカレートさせれば立憲民主党側から除名処分にされる可能性もあり、議員辞職を求めることも考えられる。

 

今回の須藤元気議員が「アポなし」で離党届を提出したことは常軌に逸したものであり、非難されて当然である。

が、この「アポなし」という手法は立憲民主党の十八番であることを忘れてはならない。筆者は須藤元気議員あるいはれいわ新選組サイドから立憲民主党の「アポなしはやってはいけない」という発言を引き出すためにわざとやったのではないかとみている。

なお、筆者はれいわ新選組も立憲民主党も全く支持していない立場にあり、どちらかを擁護するというわけではないことを先に述べておきたい。

 

立憲民主党はアポなし訪問をよく行うことで知られている。

つい先日も、持続化給付金の支給事務を受託した一般社団法人「サービスデザイン推進協議会」にアポなしで立憲民主党の大串博志議員らが訪問。当然聴取は拒否されたが、「かたくなに説明を拒む姿は説明責任を果たす観点からいかがか」と逆ギレと言ってもいいような批判をした。

 

こうした背景を踏まえると、須藤元気議員やれいわ新選組は「立憲民主党だってアポなし訪問を行っているのになぜ須藤議員だけはダメなのか」と非難するためにわざとアポなしで離党届を出したのではないかと勘繰ってしまう。普段立憲民主党はアポなし訪問を行っているにもかかわらず須藤元気議員のアポなし訪問には非難するというのは明確なダブルスタンダードである。どちらにせよ当然アポなしは良くない行為ではあるが。

 

れいわ新選組は先日行われた東京都知事選挙でも立憲民主党が支援する宇都宮健児候補に対抗して山本太郎代表が立候補した。れいわ新選組と旧民主党系列との間で亀裂が生じている中、筆者は今回の須藤元気議員の行動は計算したものであったのではないかと考えている。

 

Author:よもぎ