しばし大津駅の喫茶店でのんびり。
そして明日のフロントへの集合時間を確認。
休憩すると体力も回復してくる。
町の銭湯にでかけるYさん、しばらく喫茶店にいるというM君。
わたしはもう一度大津の町を歩こう。
駅の先に木曽義仲の愛妾を弔う地蔵尊がありましたけど見に行きませんか?
巴?
じゃなくてまた別の人。
そう、別の女性なの。
などいいながら、店を出て「山吹地蔵」へ。
ここからはフィールドワーク番外編。
わたしの朝の散歩調査のレポートです。
と、TさんMさんと一緒に大通りを琵琶湖まで歩くことに。
おしゃべりしたり、写真をとったり。
せっかくですから天孫神社へもゆきましょう。
歩いてゆくと、神社の向いのいつも閉まっていた鍛冶屋町の会所に明かりが灯っている。
行って見よう。
すみません、表の石碑を見まして。
こちらに狸の面が収蔵されているのでしょうか?
室内に山車の写真が掛られているのが見えたので
お時間は頂戴しませんので壁のお写真だけでも見せていただけませんか
と声をかける。
大津祭の山車「西行桜狸山」を出している町内で、2階にこれまでの祭のポスターがあると案内していただいた。
Tさんはすっかり、ひょいと片手を翳した〝日和見狸〟の可愛さに心を掴まれてしまったようす。
山車にはカラクリがあって、桜の精がでてくるのだという。
昨日までここに狸がおったんだけどもね、と。
修理のために日和見狸がここに居たようだ。
鍛冶屋町の名前の由来を訊ねると、
昔鍛冶屋があったかわかりませんが、
湖に近い通りは米蔵がならび、
一本入った通りは呉服屋がならんで賑わっていたとのこと。
お礼を述べて別れぎわ、
また大津祭の時期にいらっしゃい、山車を引かせてあげるから
と。
(あれ?)
Mさんと顔を見合わせる。
(たしか御輿、担ぎたいっていってたよね。)
天孫神社に参拝して
しみじみとMさんが
やっぱりご縁ってあるんだねえ
と言う。
すると風もないのに、境内の数ある桜のなかの鳥居の脇の一本だけから
はらはらはらと桜の花びらが降ってきた。
Tさんも、わたしも、Mさんも。
今の見た?
と顔を見合わせる。
あるんだねご縁って。
ふわりと心が暖かくなってわたしはさっき見た桜の精を思い出した。
西行桜狸山は、慶長年間に塩売治兵衛(しおやじへい)が天孫神社境内で木製の狸の面を付けて踊ったのが起源だそうだ。
この旅の初日から狸の面に見入っていて、天孫神社にぱたぱたと入っていって、日和見狸にすっかり心惹かれたTさんの所為か?
御輿を担ぎたいというMさんに応えて、山車をひかせてあげるって?
とぐるぐると頭のなかで自問自答がはじまる。
東(あづま)との境なので吾妻橋
この民家の衝立がいいね。
このあたり暗渠になってるんだね。
そういえばむかし「路上観察」って流行ったよね。
「トマソン」とかあった。
と、しゃべりつつ。
駅に戻って、それぞれ夕食を購入。
わたしは明日の竹生島参拝用に地酒の日本酒4合瓶を購入。
きっとおいしいだろうなと思いつつ。
この日の行程も無事、終了(つづく)。
○参考文献:山本ひろ子「〈物語〉のトポスと交通 日吉大社大宮縁起と説経『愛護の若』と河原巻物をつなぐもの」(赤坂憲雄、兵頭裕己、山本ひろ子編『物語・差別・天皇制』五月社、1985 所収)