何となく、印象に残った箇所を引用する。完全なる自分用メモ。
『麗しいことなんだよ、単語を破壊するというのは。(中略)良い例が〈良い〉だ
。〈良い〉という単語がありさえすれば、〈悪い〉という単語の必要がどこにある?〈非良い〉で十分間に合うーいや、かえってこの方がましだ。〈悪い〉がいささか曖昧なのに比べて、まさしく正反対の意味になるのだからね。或いはまた〈良い〉の意味を強めたい場合を考えてみても、〈素晴らしい〉とか〈申し分ない〉といった語をはじめとして山ほどある曖昧で役立たずの単語など存在するだけ無駄だろう。そうした意味は〈超良い〉で表現できるし、もっと強調したいなら〈倍超良い〉を使えばいいわけだからね。(中略)どうだい、美しいとは思わないか、ウィンストン?むろん元々はB・Bのアイデアだがね』
『分かるだろう、ニュースピークの目的は挙げて思考の範囲を狭めることにあるんだ。最終的には〈思考犯罪〉が文字通り不可能になるはずだ。何しろ思考を表現することばがなくなるわけだから。』
『うちの子供たちがマーケットで働いている女のスカートに火をつけたときのことさ。その女がB・Bのポスターでソーセージを包もうとしているところを見たからってな。そっと後ろから近づき、マッチ一箱使って火をつけたんだ。
ひどい火傷をしたと思うぜ。まったく悪ガキだよ、な。だがその熱意ときたら!それが今時分の〈スパイ団〉が教える最上の訓練さー俺たちの頃と比べても上等ってもんだ。団員に配られたいちばん新しいものは何だと思う?驚くじゃないか、鍵穴を通してドアの向こうの様子が聞けるラッパ型の盗聴器さ。』
「彼はふと思い当たった、現代生活を真に特徴っけるのは残酷さや不安定さにあるのではなく、要するに、潤いのなさ、みすぼらしさ、生気を欠いた無関心にあるのだ、と。自分の周囲を見れば、生活はテレスクリーンから流れ出てくる嘘と似ていないばかりか、党が達成しようとしている理想にすら似ていない。」
「最終的に、党は二足す二は五であると発表し、こちらもそれを信じなくてはならなくなるだろう。(中略)異端のなかの異端とは常識に他ならない。そして恐ろしいのは、党の考えに同調しないため殺されることではなくて、党の考えの方が正しいかもしれないということ。結局のところ、二足す二が四であることをいかにして知るというのだ?或いは引力が作用していること、過去が不変であることを?過去も外部の世界も人の心のなかにしか存在しないのだとしたら、そしてその心自体がコントロール可能であるとしたらーその結局、どうなるか?」
「ある意味では、党の世界観の押し付けはそれを理解できない人々の場合にもっとも成功していると言えた。どれほど現実をないがしろにしようが、かれらにならそれを受け入れさせることができるのだ。かれらは自分たちがどれほどひどい理不尽なことを要求されているのかを十分に理解せず、また、現実に何が起こっているのかに気づくほど社会の出来事に強い関心を持ってもいないからだ。理解力を欠いていることによって、かれらは正気でいられる。」
「結局のところ、階級社会は、貧困と無知を基盤にしない限り、成立しえないのだ。」
「しかしどれほど豊かになり、行動様式が洗練され、改革や革命が実現されようとも、人々の不平等は一ミリたりとも減じていない。下層グループの見地からすれば、どんな歴史の変化も、支配者の名前が変わった以上のことを意味するものではなかった。」
『君の降伏がどれほど完全なものであろうとだな、ウィンストン、ゆめゆめ命が助かるなどとは思わないことだ。いったん堕落した人間は誰ひとりとして容赦されない。たとえわれわれの判断で君に寿命を全うさせることになったとしても、君がわれわれから逃れるすべはない。ここで君の経験することは永久に変わらず続く。あらかじめその点を心しておくことだ。われわれはとても引き返せないほど徹底的に君を叩き潰すことになる。これから君は、たとえ千年生きたところで元に戻ることが不可能な経験をするだろう。普通の人間としての感情を二度と持てなくなるだろう。君の心のなかのすべてが死んでしまう。愛も友情も生きる喜びも笑いも興味も勇気も誠実も、すべてが君の手の届かないものになる。君はうつろな人間になるのだ。われわれはすべてを絞り出して君を空っぽにする。それからわれわれ自身を空っぽになった君にたっぷり注ぎこむのだ』
『それこそがわれわれの作ろうとしている世界なのだ。勝利に次ぐ勝利、凱旋、凱旋、また凱旋という世界。限りなくどんどん負荷をかけて権力の強度を高めるのだ。どんな世界が待っているのか、ようやく君も分りかけてきたようだな。しかしその世界を理解するだけで終わりではない。君は最後にはそれを受け容れ、歓迎し、その一部になるのだ』
「できるはずがない!」彼は弱々しく言った。
「どういう意味かね、ウィンストン?」
「今お話になったような世界を創り上げることなんかできません。途方もない夢です。そんなことは無理です」
「なぜかな?」
「恐怖と憎悪と残酷を基礎にして文明を築くなんて不可能です。長続きするはずがない」
「どうしてそう言える?」
「活力がないじゃありませんか。きっとばらばらに解体してしまう。自滅してしまうでしょう」
『ナンセンスだな。憎悪が愛よりも人間の活力を奪うと感じているようだが、なぜそう思うのかね?それにたとえそうであったとしても、構わないではないか。われわれが活力をより早くすり減らすことに決めたとしよう。三十歳で老いぼれてしまうほど人間生活のテンポを速めたとしよう。しかしそれで何が違うというのだ?個人の死がしではないということが理解できないのかね? 党は不滅なのだ』
「あなたがやったんです!」すすり泣きながらウィンストンは言った。「あなたがわたしをこんなにしたんです」
『いや違うな、ウィンストン。君が自らそうしたのだよ。党に反逆すると決めたとき、君はこうなることを受け容れたのだ。あの行為のなかにすべては含まれていた。君の予見しなかったことは何一つ起きていない』
「どんなことでも真実になり得る。いわゆる自然法則はナンセンスである。引力の法則など戯言だ。オブライエンが言ったではないか、「やりたいと思えば、しゃぼん玉のようにこの床から浮かぶこともできる」と。ウィンストンは頭を振り絞るー「もし彼が浮かぶと思い、そして同時にわたしも彼の浮かんでいるのが見えると思うなら、そのときはそれが現実に起きていることになる」(中略)精神を通さずに、何が認識できるというのだ?すべての出来事は精神のなかで起きる。あらゆる人間の精神のなかで起きることは、それが何であれすべて、本当に起きることなのだ。」
「ーそれで、改めて聞くが、君は〈ビッグ・ブラザー〉に対して、本当はどんな感情を抱いているのかね?」
「憎んでいます」
「彼は巨大な顔をじっと見上げた。その黒い口髭の下にどのような微笑が隠されているのかを知るのに、四十年という年月がかかった。ああ、なんと悲惨で、不必要な誤解をしていたことか!(中略)でももう大丈夫だ。万事これでいいのだ。闘いは終わった。彼は自分に対して勝利を収めたのだ。彼は今、〈ビッグ・ブラザー〉を愛していた。」
私はこの作品を、好きにはなれない。ゲンナリしながら、なんとか読み終えた一冊。
どうやら来年、井上芳雄主演で舞台化するらしい。この主人公、ウィンストンが板の上でどう生きるのか、それがとても楽しみでもある。