(神奈川県横須賀市長沢)

 

 

早稲の香や分け入る右は有磯海   芭蕉

(わせのかや わけいるみぎは ありそうみ)

 

 

芭蕉は越中(富山)に入り、歌枕で有名な「那古(なご)の浦」へ出る。

「那古の浦」はかつての新湊(しんみなと)市、今は合併して射水(いみず)市となっている。

そこから北西にある氷見(ひみ)市の「担籠(たご)の藤浪」を見たいと思ったが、地元の人に、

 

この先は泊まるところがない。

 

と言われ、あきらめて加賀(石川県)へと向かった。

「担籠の藤浪」は、藤の花の名所で、大伴家持(おおとも・やかもち)も、

 

藤波の影成す海の底清みしずく石をも珠とぞ吾が見る 『万葉集』19巻4199

(ふじなみの かげなすうみの そこきよみ しずくいしをも たまとぞわがみる)

〈意訳〉

藤波が影を映す海の底が清らかなので、沈んでいる石もまるで玉のように私には見えます。

 

と詠んだ。

詩歌に於いて「越中」は「家持の国」なのである。

大伴家持は天平時代、越中守(今で言えば富山県知事)として、5年間、越中に赴任し、

 

あゆの風いたく吹くらし奈呉の海人の釣する小舟漕ぎ隠る見ゆ 『万葉集』巻17・4017

(あゆのかぜ いたくふくらし なごのあまの つるするおぶね こぎかくるみゆ)
〈意訳〉
東風が激しく吹いているらしい。奈呉の海人の釣りする小舟が、波の間に漕いでいるのが見え隠れしている。

 

など多くの和歌を詠んだ。

この和歌の多くが『万葉集』に収められ、「家持の越中歌」は『万葉集』の魅力の一つとなっている。

芭蕉が訪れたのはすでに初秋、藤の花は見られないが、家持の愛した、その「藤」を一目見てみたい、と思いつつも、あきらめて詠んだのが、上記の句である。

 

すでに初秋となり、田には早稲が実り、香り立っている。

この早稲の田を分け入るように右へ進んでいけば、有磯の海があるのだな~。

 

という句意。

 

さて、ここでは「有磯海」について考えたい。

この「有磯海」の位置がいまいちよくわからないのである。

 

「有磯海」というのは、

 

氷見市周辺の海

 

なのか、

 

富山湾全体

 

なのか、よくわからない。

辞書で調べてみると、

 

1、富山県高岡市伏木港あたりから射水・氷見両市沿岸にかけての近海の呼称。

2、富山湾の別称

 

とあり、どちらでもいいようだ(笑)。

 

また、角川文庫『おくのほそ道』の「発句評釈」にはこう書いてある。

 

有磯海はいうまでもなく、普通名詞であるが、『万葉集』によまれた大伴家持の歌などから、いつとなく越中の歌枕のごとくなってしまった。

芭蕉ももちろんそのつもりでよんだのである。

 

「普通名詞」とはどういうことか。

つまり、古語辞典で「有磯海」を調べると、

 

荒磯(原文「安利蘇」)はもともと「荒い磯」でなく、現石(あらいそ)の意で、海中や海岸に露頭している岩のことをいう。

 

とあり、もともとは越中の海とか、特定の場所を指す言葉では無かったのである。

「露頭」とは「露出している場所」。

つまり「有磯海」とは、

 

岩が露出している海

 

ということになる。

そう考えれば、ここ長沢の海岸だって「有磯の海」ということになる。

関東で言えば、千葉の九十九里浜や神奈川鎌倉の由比ヶ浜などは広大な砂浜なので、「有磯海」とはいわない。

長沢のすぐ隣の三浦海岸も砂浜の海岸なので有磯海ではに。

が…、それ以外のたいていの海は「有磯海」ということになる。

 

私なりに考えると、「岩」といっても、

 

風光明媚な「岩」がある海

 

ということになるのではないか。

そう考えれば高岡市にある「雨晴海岸」などはそれにあたる。

湘南の、烏帽子岩がある茅ケ崎なども「有磯海」となるだろうか。

 

(雨晴海岸)

 

で…、その「有磯海」がなぜ富山県固有の歌枕となったのかは、「大伴家持」の和歌の影響がある。

 

かからむとかねて知りせば越の海の荒磯の波も見せましものを  『万葉集』巻17

(かからんと かねてしりせば こしのうみの ありそのなみも みせましものを)

〈意訳〉

このようなことになると知っていたのなら、この越中の美しい有磯の海をお前に見せてあげたのに…。

 

「このようなこと」とは、弟の死のことである。

「こんなに早く死んでしまうのなら、弟よ、この美しい有磯の海をお前に見せてあげたかった…」と悲しんでいるのである。

 

この和歌が有名になり、家持が詠んだ高岡、射水、氷見あたりの海だけ(?)を「有磯の海」と呼ぶようになった。

 

つまり、まとめるとこういうことになる。

 

美しい岩のある海

  ↓

富山湾南西の海岸

  ↓

富山湾

 

こういう風に「有磯海」の意味が変わっていったのだと思う。

 

 

 

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