海といふいのちの鏡枯峠     誠司

 

昼過ぎまで、だらだらと過ごす。

せっかく横須賀にいるのだからジョギングでもしようか…、とも思うが、どうにも寒くて、体を動かすのが億劫だ。

テレビを見ていたら、午後からあたたかくなる…、というので、あたたかさを感じた15時ごろから一念発起(?)して、三浦富士を登った。

 

三浦富士(183メートル)~砲台山(204メートル)までのコースで、2時間半あれば家に戻ってくることが出来る。

ひさびさの登山なので、頂上に着いたら、ゼーゼーした。

ここの登山道は面白い。

紅葉樹がまったくなく、特に三浦富士はマテバシイが密集して、異世界に紛れ込んだようだ。

 

 

「馬刀貝」(まてがい)に形が似ている「椎の木」という意味で「マテバシイ」というらしい。

頂上は晴れ晴れとして気持いい。

すでに西日となっていたので急いで下山した。

 

なんとなくだが、体が重い。

そういえば今日は忠臣蔵の日だった。

 

 

【俳句アトラスHP】  UP!  http://haikuatlas.com/   ←クリック!

【刊行句集のご紹介】
 薗田みちる句集『東山』出来ました! NEW! 
【NEWS】  
 菊地悠太句集『BARの椅子』は週刊新潮で紹介されました!  
NEW!

 加藤房子句集『須臾の夢』第21回横浜俳話会大賞受賞!  

 「円虹」300号祝賀会   NEW!
【俳句講座LIVE】        
 第9回 「俳句の“切れ”について 俳句には2つの切れがある」 
  第10回「不易流行について 芭蕉が晩年提唱した理念」 
  第11回「近現代俳句史① 正岡子規の俳句革新運動」 

 

 

 

(神奈川県横須賀市鷹取山 神武寺)

 

 

屈伸する男のリュック冬紅葉     奥 要治

 

 

今月の池袋「第一谷端川句会」での奥要治さんの作品。

誰も取らなかったが、私はこの句を「特選」に選んだ。

季語「冬紅葉」が実にいいのだ。

 

屈伸する男のリュック山紅葉

屈伸する男のリュック照紅葉

 

と較べてみればわかる。

 

「冬紅葉」であるから「紅葉シーズン」はすでに過ぎている。

山はすでに、いつもの静けさを取り戻している。

そこへリュック姿の男が現れ、山の入口で屈伸運動をしている。

これから山へ登るのであろう。

この山を愛する男は、この山の、

 

冬紅葉の美しさ

 

も知っているのである。

むしろ、ひっそりとした山こそ、彼にとって本当の山なのであり、山や冬紅葉との対話を楽しむように歩き出す。

登山道には落葉がたくさん散り敷かれている。

このような風景を、季語「冬紅葉」が全て語ってくれている。

 

今日は福島たけし(「コトリ」代表)さんと鷹取山へ登った。

福島さんはまるで、この句の主人公のような方である。

山を愛し、冬紅葉を心から愛する人である。

鷹取山は標高139メートルの「里山」であるが、「名山」の呼び声が高い山である。

(詳しことはわからないが…)地質学的にも面白い山だし、三浦半島は林業が盛んでなかった為、古代からの植物体系が多く残っている。

また、なんといっても眺望が素晴らしい。

東の東京湾、西の相模灘を見渡すことが出来、横須賀・葉山・逗子はもちろん、横浜、東京、房総半島、箱根、丹沢、江ノ島、伊豆、富士山などあらゆる美しい風景を見渡すことが出来る。

以前から、福島さんからお誘いをいただいていたのだが、今日は鷹取山にある「神武寺」の「秘仏のご開帳」の日であり、二人で出かけた。

 

朝9時にJR横須賀線・東逗子駅で待ち合わせ、鷹取山へ。

険しい山道を登り、神武寺へ。

京急線で「神武寺駅」という駅があり、その寺の存在は知っていたが、訪れるのは初めてである。

 

 

 

 

誰が開基したか、いつ開基したかもはっきりしない、謎の寺であるが、それだけに歴史の深みを感じさせる。

 

まるで、(奈良の)室生寺のようだよ。

 

と、登る前に福島さんがおっしゃっていたが、五重塔こそないものの、本当にそのような「気品」を感じさせる「天台宗」の寺である。

「秘仏」も素晴らしかったが、この寺全体の持つ「気品」が素晴らしい。

それを彩る「冬紅葉」も美しかった。

 

福島さんと歩くのは楽しいばかりでなく、毎回、実に興味深いことを教えていただける。

私も歴史や古典、寺社には詳しいつもりだが、福島さんの足元にも及ばない。

 

秘仏を眺めていると、僧侶が読経をするようなので、それを見ていこう、という話になったが、

 

天台のお経は美しいよ。

 

と言ったことに感心した。

宗派のお経の違いなど、これまで気にもしていなかった。

冬紅葉に囲まれ、秘仏を拝みながら、天台のお経を聞いていると、本当に、

 

天台宗のお経というのは美しいな~。

 

と感じ入った。

今日の収穫の一つである。

天台宗というのは抹香臭くなく、けばけばしくなく、「品」がある。

(会ったことはないが…)開祖・最澄の人柄を思わせる。

 

この山は一時期、石切場だったそうで、山腹の一部は今、ロッククライミングの格好の練習場となっている。

(本当はいけないそうだが…)

 

センボンヤリ

コウヤボウキ

 

など、珍しい野草も教えていただいた。

 

車で自宅へ戻る時、横横道(横浜横須賀道路)をいつも走るのだが、いつも、なんだかよくわからない「山深い」ところを通るのだが、そこがこのあたりだということも知った。

 

(真ん中の道路が横横道)

 

それにしても三浦半島の里山は本当に美しい。

「山歩き」は苦手と広言している私だが、せっかく、この三浦半島に住んでいるのだから、この里山を堪能しないのはもったいない、と考えるようになった。

今度は乳頭山に連れて行ってもらう約束をして解散した。

 

 

【俳句アトラスHP】  UP!  http://haikuatlas.com/   ←クリック!

【刊行句集のご紹介】
 薗田みちる句集『東山』出来ました! NEW! 
【NEWS】  
 菊地悠太句集『BARの椅子』は週刊新潮で紹介されました!  
NEW!

 加藤房子句集『須臾の夢』第21回横浜俳話会大賞受賞!  

 「円虹」300号祝賀会   NEW!
【俳句講座LIVE】        
 第9回 「俳句の“切れ”について 俳句には2つの切れがある」 
  第10回「不易流行について 芭蕉が晩年提唱した理念」 
  第11回「近現代俳句史① 正岡子規の俳句革新運動」 

 

 

 

(東京都武蔵野市吉祥寺)

 

 

手を入れて手のかがやけり冬泉    誠司

 

 

おとといは池袋の「第一谷端川句会」「第二谷端川句会」の合同忘年会、昨日は吉祥寺・銀座アスターで、佐藤みつをさん、草間をりえさんと忘年会だった。

いよいよ忘年会シーズンに入った。

 

佐藤さんは荻窪の俳句の駅句会、をりえさんは俳句の駅句会、第一谷端川句会に参加してくださっていて、

時折、こうしてご一緒させていただいている。

 

千代田区半蔵門写真博物館と香川県高松

東京都奥多摩へ行ってきました。

 

今日はお歳暮(?)として「ドナルド・キーン全集」と指導句会10個達成のお祝いもいただいた。

 

 

俳句のことを心おきなく話せ、それを理解してくださる方が身近にいる、というのはありがたいことだ。

 

昨日も、

 

これからの俳句は「あいさつ」に帰るべきだ!

 

という話を聞いていただいた。

楽しい時間だった。

 

句会が今年で10個、来年から(うまくいけば…)12個になる、ということで、体力を心配されたが、私は俳句の話をしたり、句会をするのが大好きなのである。

たぶん大丈夫だと思う。

 

 

【俳句アトラスHP】  UP!  http://haikuatlas.com/   ←クリック!

【刊行句集のご紹介】
 薗田みちる句集『東山』出来ました! NEW! 
【NEWS】  
 菊地悠太句集『BARの椅子』は週刊新潮で紹介されました!  
NEW!

 加藤房子句集『須臾の夢』第21回横浜俳話会大賞受賞!  

 「円虹」300号祝賀会   NEW!
【俳句講座LIVE】        
 第9回 「俳句の“切れ”について 俳句には2つの切れがある」 
  第10回「不易流行について 芭蕉が晩年提唱した理念」 
  第11回「近現代俳句史① 正岡子規の俳句革新運動」 

 

 

(神奈川県箱根 芦ノ湖)
 
【原文】
関こゆる日は、雨降(ふり)て、山皆雲にかくれたり。
 
雰しぐれ富士をみぬ日ぞ面白き
(きりしぐれ ふじをみぬひぞ おもしろき)
 
何某(なにがし)ちりと云けるは、此(この)たびみちのたすけとなりて、萬(よろず)いたはり心を盡(つく)し侍(はべ)る。
常に莫逆(ばくげき)の交(まじわり)ふかく、朋友信有哉此人(ほうゆうしんあるかなこのひと)。
 
深川や芭蕉を富士に預行      ちり
(ふかがわや ばしょうをふじに あずけゆく)
 
【意訳】
箱根の関を越える日は雨が降り、山はどれも雲に隠れている。
 
雰しぐれ富士をみぬ日ぞ面白き
 
なにがし千里という者は、今回の旅の助けをしてくれ、いろいろと心を尽くしてくれる。
常に分け隔てなく、深い交わりの心を持ち、誠実とは、この人のことを言うのだろう。
 
深川や芭蕉を富士に預行      ちり
 

(東京都江東区深川 隅田川)

 

【原文】
千里に旅立(だち)て、路糧(みちかて)をつゝまず、

三更(さんこう)月下(げっか)無何(むか)に入(いる)ると云(いい)けむ、むかしの人の杖にすがりて、

貞亨(じょうきょう)甲子(きのえね)秋八月江上(こうじょう)の破屋(はおく)をいづる程、

風の聲(こえ)そヾろ寒氣(さむげ)也。


野ざらしを心に風のしむ身哉
(のざらしを こころにかぜの しむみかな)

秋十とせ却て江戸を指古郷
(あきととせ かえってえどを さすこきょう)

 

【意訳】
宋の思想家・荘子は、千里の旅をゆくなら、三ヶ月分の食料を用意すべし、と言ったそうだが、私はこのたび、何の食料も用意せず旅に出る。

ただ「夜明の月明りの下、何の作為もなく自然の境地に入ろう」と詠った古人の言葉をよりどころとするのみである。

貞享元年秋八月、隅田川の荒れた庵を旅立つに、

吹きつける風の音を聞けば、つい、寒々しい思いとなる。

 

野ざらしを心に風のしむ身哉
秋十とせ却て江戸を指古郷

 

【注釈】

〇「千里に…」…「適千里者、三月聚糧」(荘子『逍遥遊』)
〇「三更」…夜を五つの時間帯に分けた「五更」の三番目。23時(24時)~1時(2時)。
〇「無何」…自然のままで何もしないこと。「路粮ヲ齋(つつ)マズ笑ツテ復(ま)タ歌フ。三更月下何無二入ル」(中国の禅僧・広聞『江湖風月集』)