Johnny Winter - Mean Town Blues ᴴᴰ (CPH, 1971)

Johnny Winter Live at Woodstock playing Mean Town Blues - 1969. Johnny Winter Dies July 16th 2014.

 

ジョニー・ウィンターが初登場とはビックリマーク

 

ここまで絶叫しながらのVocalでguitarを弾くのは至難の業

 

それをいとも簡単にこなしてしまうジョニー・ウィンターはやぱり巨匠だアップ

 

ジョニー・ウィンター(Johnny Winter、本名:John Dawson Winter III、1944年2月23日 - 2014年7月16日)は、アメリカ合衆国ギタリストシンガー。CBSとの契約金が、当時の金額で数十万ドルと巨額であったことから「100万ドルのギタリスト」の異名を持つ。アルビノ斜視であることも知られている。弟はエドガー・ウィンター

 

白人でありながら黒人音楽のブルースをプレイし続け、ブルースの巨人マディ・ウォーターズが「義理の息子」と呼ぶほど彼に気に入られた。

 

ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のギタリスト」において2003年は第74位、2011年の改訂版では第63位。

 

幼少期はクラリネットを演奏していたが、歯の噛み合わせが悪くなり断念。その後ウクレレを経て、ギターを弾くようになる。少年期に弟のエドガーとコンビで数々のコンテストに出場しては腕を上げていき、15歳の時にバンドを組んで地元レーベルから「スクール・デイ・ブルース」をリリース、彼の音楽キャリアのスタートとなる。

 

1962年、エドガーと共に初のバンド、ジョニー・アンド・ザ・ジャマーズを結成。複数の地元のレーベルからシングルをリリースし活躍する。1968年、トミー・シャノン(ベース)、アンクル・ジョン・ターナー(ドラムス)らを迎え、デビュー・アルバム『The Progressive Blues Experiment』をリリース。同年12月にはアル・クーパーマイク・ブルームフィールドフィルモア・イースト公演にゲスト参加し、この時のライヴ録音は2003年にアルバム『Fillmore East: The Lost Concert Tapes 12/13/68』として発表された[1]

 

1969年、CBSと契約しアルバム『Johnny Winter』をリリースした。CBSとの契約金が当時の金額で数十万ドルと巨額であったことから「100万ドルのギタリスト」の名で呼ばれるようになった。このアルバムはウィリー・ディクスンウォルター・ホートンらブルース・ミュージシャンが参加したストレートなブルース・アルバムであった。また同年、40万人以上を集めたウッドストック・フェスティバルに出演。

続く作品、『Second Winter』(1970年)、『Johnny Winter And』(1971年)ではロック色を強めていった。特に後者は、ストレートなブルース・ナンバーは皆無のロック・アルバムである。ジョニーはドラッグ中毒に陥っていったが、1973年に『Still Alive And Well』をリリースし、復活を宣言した。

 

1980年に『Raisin' Cain』をリリースするまで、CBSへの在籍は10年以上に及んだ(1974年の『John Dawson Winter III』以降は、CBS傘下のブルー・スカイから作品をリリースした)。CBS時代のジョニーは、前述のジョニー・ウィンター・アンドに象徴されるように、ロック色の強い作品が多いが、

ファースト・アルバムや『Nothin' But The Blues』(1977年)、マディ・ウォーターズのアルバムにおける競演など、正面からブルースに向き合う一面も見せている。

 

1980年代に入ると、ジョニーはアリゲーター・レコードと契約。3作のアルバムをリリースした。ブルース・レーベルからのリリースということもあってか、いずれの作品もブルース色が濃い内容となっている。

 

MCA傘下のボイジャー・レーベルからの『The Winter Of '88』(1988年)を経て、ポイントブランクと契約したジョニーは『Let Me In』(1991年)を始め3枚の作品をリリースするが、徐々に体調が悪化し、演奏活動から遠ざかっていく。一説によると、愛用のギブソンファイヤーバードを自力で持ち上げられないほど体力が弱ってしまい、視力も殆ど見えない状態といわれていた。

 

2004年、実に12年ぶりとなるスタジオ・アルバム『I'm A Bluesman』をリリース。その「枯れた」演奏に最後のアルバムかとの危惧の声もあったが、

7年を経た2011年、ブルースのカバーを新録した『Roots』をリリース、健在ぶりをアピールした。

 

2014年7月16日、スイスチューリッヒにて死去[2]。同年9月にリリースされた遺作『ステップ・バック〜ルーツ2』は、2015年2月に第57回グラミー賞で最優秀ブルース・アルバム賞を受賞し、ウィンター初のグラミー受賞を果たして、弟のエドガーが代わりにトロフィーを授与された[3]

 

彼のプレイは、テクニカルで速いリフが多く、ピックサムピック人差し指中指、そして薬指を使ったフィンガーピッキングが特徴。リフの種類は他に類を見ないほど豊富。速く弾きまくるリフは代表曲「Be Careful with a Fool」などで聞ける。また、音色はヘヴィなディストーションが効いていることが多い。使用ギターはギブソン・ファイヤーバードの木目の見えるダーククリヤ塗装で、白いピックガードがトレードマークである。近年はアールワインというメーカーが製造した小型のヘッドレスギター「LASER」がメインギターとなっていて、ファイアーバードはスライドギターの際に使用することが多い。

 

「Mean Town Blues / Johnny Winter」