Peter Gabriel - Sledgehammer (HD version)

 

 

実はビジュアル系の最初は、ピーター・ガブリエルだったのではないか。

 

ジェネシス在籍時のピーター・ガブリエルが史上初だったと。

 

常に先駆者としての道を走り続け、

1987年のソロにおける「スレッジハンマー」のMusic videoは音楽業界に衝撃を与えた。

 

今もなお、全く高音の声域がしっかりと出ている。

 

2番目のYoutubeのLiveが口パクなのが、とても残念だがビックリマーク


 

ピーター・ブライアン・ガブリエル(Peter Brian Gabriel、1950年2月13日 - )は、イングランド出身のミュージシャンシンガーソングライター

 

世界的ロックバンドジェネシス」の初代ボーカリストとして名を馳せ、ソロ転向後も大きな成功を収めた。

 

グラミー賞』6冠。2010年にジェネシス名義、および2014年にソロ名義で『ロックの殿堂』入り。

 

イングランドサリー州のウォーキング近郊のチョバムで、発明好きの電気技師の父の元に生まれた。サリーに農場を持つなど比較的裕福であった一家は、ガブリエルをパブリック・スクールに入れ寄宿舎生活を送らせたが、そこでの旧式で厳格な生活様式はガブリエルにとって染まないものであった。

 

ドラムを叩くことに精神的活路を見出した彼は、The Spoken World、David Thomas Band、The Garden Wallといったバンドを経て、1967年にパブリック・スクールの仲間であるアンソニー・フィリップスマイク・ラザフォードトニー・バンクスクリス・スチュアート等と共にロック・バンド、ジェネシスGenesis)を結成する。ガブリエルは、後にフィル・コリンズスティーヴ・ハケット等が在籍することになるバンドのヴォーカリストとして中心的な役割を果たした。

 

1969年、10代にしてプロデビューを果たしたジェネシスは、2作目のアルバム『侵入』(1970年)以降、当時隆盛期を迎えつつあったプログレッシヴ・ロックの有力バンドの一つとしてヨーロッパ諸国で名声を得ていった。

 

ガブリエルがジェネシスの音楽を視覚化するために、1972年発表のアルバム『フォックストロット』の楽曲から取り入れ始めたというライヴでの奇抜な衣装やメイク、そして演劇性を取り入れたステージングは大きな注目を集めた。

ジェネシスのフロントマンとしてバンドの主導権を握っていくが、あまりに強烈な個性のため、他のメンバーはあまり快くは思っていなかった[要出典]

 

1974年発表のアルバム『眩惑のブロードウェイ』に至っては、ガブリエルが全面的に主導権を握り[要出典]、ストーリー性の高い難解な[要出典]コンセプト・アルバムを作り出している。

 

1975年、音楽性及びプライベートな理由(結婚や出産など)でグループを脱退し、音楽活動を一時休止。その後、1977年にソロ・アーティストとして活動を再開した。ソロ・アルバムはロバート・フリップトニー・レヴィンケイト・ブッシュ等の参加もあり、作品を重ねるごとにジェネシス色を払拭していった。

 

『III』(1980年)や『IV』(1982年)といったアルバムでは、当時の最新シンセサイザー民族音楽の導入によって独自の音楽世界を構築した。

特に南アフリカ共和国の民族運動家、スティーヴ・ビコのことを歌った『III』収録の「ビコ」は代表曲のひとつになった。

ポップスの要素を取り入れた1986年のアルバム『So』は世界的ヒットを記録。シングル・カットされた「スレッジハンマー」は、手の込んだアニメーションのプロモーション・ビデオMTV等で話題を呼んだことも相まって、かつて在籍していたジェネシスの「インヴィジブル・タッチ」を1位から引き摺り下ろして、1986年7月26日付のビルボード・シングルチャートで全米No.1に輝いた。ピーターにとって、これが唯一の全米No.1となった。

 

映画サウンドトラック制作にも関わっており、1980年代には『バーディ』(1984年)と『パッション』(1989年)の2枚のアルバムを発表している。

 

1990年にはそれまでのキャリアを総括するベストアルバムシェイキング・ザ・トゥリー』を発売。

 

1992年、6年振りのオリジナル・アルバム『Us』を発表。『Us』発表後に行われた1993年の「シークレット・ワールド・ツアー」では、劇作家・俳優・映画監督のロベール・ルパージュ演出に起用し、テクノロジーと演劇性が融合したステージを披露した。また、初の来日公演[要出典]を日本武道館で行っている。そのツアーの模様はライブアルバムやビデオ(現在はDVD版)で発売されている。

 

2000年にはイベントのサウンドトラック・アルバム『OVO』、2002年には映画『裸足の1500マイル』のサウンドトラック『LONG WALK HOME』を制作している。

 

2002年に久々の新作『Up』を発表。その後、2本のワールドツアー「グローイング・アップ・ツアー」と「スティル・グローイング・アップ・ツアー」を開催している。

 

2006年トリノオリンピックの開会式では、オノ・ヨーコのスピーチを引き継いでジョン・レノンの「イマジン」を披露した。

 

2008年アニメ映画ウォーリー』の主題歌「ダウン・トゥ・アース」を発表。第66回ゴールデングローブ賞主題歌賞と第81回アカデミー賞歌曲賞にノミネートされ、第51回グラミー賞では最優秀歌曲賞(映画・テレビ部門)を受賞した。

 

2010年、ジェネシス名義で『ロックの殿堂』入り。8年ぶりのスタジオ・アルバムとなるカバー・アルバム『スクラッチ・マイ・バック』をリリース[2]

 

2011年、自身の楽曲にオーケストラ・アレンジを施したセルフカバー集『ニュー・ブラッド』をリリース[3]

 

2014年、ソロ名義で『ロックの殿堂』入り[4]

 

「Sledgehammer / Peter Gabriel」