WBCのイチロー。


ワールドカップの本田。


一流のアスリートというのは優れた才能の他になにかを『もっている』。


しかし、世の中には悲惨なぐらい『もっていない』奴もいるのである。


今回は、そんなすべらなそうな話。第14弾。





藤田はオレと同じ専門学校に通い、同じ寮に住む友達だ。


卒業を間近にひかえた2月下旬。


単位の少ない藤田は、卒業制作にすべてを注ぎこんでいた。


その卒業制作とは、駅張りポスター5枚による連続ストーリー広告といった大作だった。


単位の少ない藤田は、卒業制作で佳作以上をとらなければ卒業できない状況に追い込まれていた。


追い込まれた藤田は、1月上旬から同じ寮の仲間に声を掛け、お金を掛けて制作チームを作った。


人件費、材料費、技術費、外注費など総額30万の出費である。


2月に入っても制作作業は快調に進んでいたのだが、順調な経過と高い完成度に安心したのか、ストレスのためなのか、藤田は酒を飲みに出かけることが多くなった。


案の定、提出期限の当日まで徹夜をすることになる。



オレたちが通っていた専門学校は、提出期限にものすごく厳しかった。


1分の遅刻で卒業をのがした先輩の伝説まで残っているぐらいだ。



提出期限当日。


リミットの12時の1時間前に、藤田の力作は完成した。


寮から学校までは30分かかるが、まず問題ない時間だ。


それでも藤田は顔も洗わず、ジャージのままで学校へと向かうことにした。


『なにあるかわかんないからさ~、一緒に行ってくれよ。』


よほど慎重になっているのだろう。


おれは藤田についていくことなった。



駅に着くと、電車が遅れていた。


藤田はイライラ時計を見ながら言う。


『あと40分しかねぇよ。』


『もう来るだろ。大丈夫だよ。』


オレの言葉通り電車がホームに入ってきた。



遅れていたせいか電車の中はすごく混雑していた。


藤田はその混雑で力作が折れ曲がらないように、車両の奥に立て掛けるように置いた。



それからの電車は駅ごとにたくさんの乗客を飲み込んでいった。


その都度、藤田とおれも乗り降りの乗客の流れに電車の中で自由を失っていた。


そして、ひとつ前の駅までまで来た時、藤田が言った。


『やべぇ・・・あそこまでいけるかな?』


車内の混雑で、車両の奥に置かれた力作とオレ達の距離は10メートルほど離れてしまっていた。


『すみません・・・すみません・・・すみ・・・ません』


謝りながら、人をかき分けて力作まで向かう藤田。


四苦八苦しながら、やっとの思いで手が届く寸前!


電車は学校最寄り駅に到着!


一斉に降りる乗客に押し出される手ぶらの藤田!


遠くなる力作!


小さくなる声!


同時に外で押し出されるオレ!


閉まるドア!


動き出す電車!



そして、ホームに立ち尽くす藤田・・・




2ヵ月の時間と30万の出費。


仲間たちの協力。


卒業。


そのすべてを失った瞬間だった。




提出期限の5分前。


11時55分。

留年が確定した藤田はオレに振り返って言った。






















『今日、酒付き合ってくれるか?』














その夜、酒をあびるように飲んだ藤田はハイテンションで、


『めちゃ力作だからさぁ、今頃、JRで張られてるかも知れないな』


と訳のわからないことを何度も言っていた・・・