今まで隠していたんじゃが、実は、ワシのご先祖さんは広島の人なんじゃけんの。


それを聞いたのは、今から30年程前じゃ。
30年程前というと、まだ私が親父のキャン玉袋の中にいた頃だった・・・・あ、違った、もう歩いて会話も出来た頃だった。


「ねえねえ爺ちゃん、ウチの先祖ってどこに住んでたの?」


71になってた爺ちゃんは、昨日のことは覚えてないが、昔のことは良く覚えてる。(既に私もそうだが)


そして教えてくれたのは、
広島県安芸郡貝田村字中村
だった。


いつかご先祖さんのいた土地に行ってみたいと思っていた。


それには、単にルーツに近づきたいという他にもう一つ理由があった。


子供の頃から、神様の姿を想像する時に必ず一緒に頭に思い浮かぶある風景があって、でもどこか分からず、道内いろんな所に行ったが、それに見合う風景に出会うこともなく、もしや、遺伝子が引き継いだ先祖の土地の風景だったりして。なんて思っていたのである。


流れ行く日常に中々広島まで行く機会を見い出すこともなく30年の月日は経ち、今季のサンフレッチェ戦にチャーンス!と小躍りするも、平日開催に断念していた所、先週、広島出張の仕事となった。


出張先から、行き方と地図を送ってもらう。
最寄りの駅が広島市安芸区の海田市駅。


で直ぐお隣が、安芸郡海田町となる。


そう、祖父は貝田村と言っていたが、安芸郡に海田はあるが貝田はない。
そして、海田町には、中村という地名は無いが、実は私の苗字と同じ○△という地名があるのです。
だから、きっとご先祖さんの住んでいた所は海田町の○△ではないかと思っていたもんで、仕事そっちのけでワクワクした。


30年前に抱いた「いつか」が、突然舞い降りたんである。


そして、ソコには、奇跡的な2つの出来事が待ってました。


先方さんと談話中、ご先祖さんの話をした所、廊下に飾ってある創業当初の地域の写真を見せてくれたのです。
見ると、なんということでしょう。


それは大正10年頃の当時の海田村を含む白黒の風景写真。
明治39年生まれの祖父の話だと、中学の頃は瀬戸内の島から島へ遠泳をしていたというから、大正10年頃はまだこの地にいた可能性が高い。


となると、この風景の中で、祖父と曾祖父母と祖父の祖父母(何ていうんだ?)がこっちを見て手を振っている気がしてならない。


先祖の地に行って、先祖がそこに息づいているかも知れない写真を手に入れるなど奇跡としか言い様がないのじゃ。


そして、もうひとつの奇跡。


夕方のまだ明るいうちに、苗字と同じ地名の○△の地を歩いた。


私と同じ○△さんは居ないかなぁ?と思ったわけですがなかなかいそうもない。


記録によると、この地域に過去、大きな水害があったそうで、そうなると古くからいた人はむしろ少ないのかも知れない。


メイン通りから山側に向かう道を何本かやり過ごしたんですが、ふと一本の道に引き込まれるように曲がったんじゃ。
なんか、その時ふっと思ったんですね。
「古くから住んでいたとしたら、もしや、山側の小高いとこにいやしないだろうか?」って。


すぐに答えは見つかった。


ほんとに、小高い所に古~い感じの家と後で建てた家が棟続きになった○△さんの家がそこにはあったのでした。


なんという偶然でしょうか。
この感激、わかってくれますかね?
まるで、ご先祖さんが引き合わせたかのようなほくほくした思いで一杯でした。


思わずピンポンダッシュしようかと思いましたよ、アタシゃ。


いや、そうじゃないけれど、さすがに、
「ピンポーン。○△さんですか?実は私も○△です。」
ってえ訳にもいかず、でも、「曾祖父の兄弟の家系だったりする可能性は限りなく高いんだよな」
なんて思いながら、その場を目に焼き付けて後にしたのでありました。


30前に抱いたいつかにたどり着いた、記念すべき日。


あ、そうそう、でも、あの風景は結局見つからなかったなあ。



『子供がまだ食ってる途中でしょうが』日記

私は元阪神ファンだったし、決して大阪人に悪意を持ってはいないんだぞ。

ということは、あらかじめ断っておきます。


今日、私が有権者の皆様に申し上げたいのは、
「新三大、大阪人が面白いと思われるナゾ+おまけ」
についてである。

いや、ずーっと思ってはいたんですよ。
「大阪人って、面白いなあ。って。」

でも、良く考えると、
「大阪人って、面白いなあ。」
と思う程には、大阪人に囲まれて暮らしたこと無いんだよね。

ところが、ほれ、秘密の県民ショーって番組あるぢゃないですか。
あれ、かなりの高頻度で、大阪人特集をやるわけですよ。
なので、頻繁に大阪人のインタビューとかリアクションとかが見れるんだけど、見てるうちに
「あれ?大阪人って、言うほどオモローないんとちゃう?」
と言うことに気付き始めたんですな。

まず、ギャグとかリアクションが、判で押したように画一的なんですな。
で、その画一的なギャグも、凄い面白いか?っていうと、中程度感があるんだよね。
でもテレビ的には、皆が皆揃ってその中程度の同じリアクションをするものだから、集団としては、なんだか面白い大阪人となってしまうのではないだろうか?

確かに、吉本新喜劇がこちらでも放映されることになった時、わくわくして放送を見たんだが、
「なんか、面白くないなあ。」
というのが正直な感想だった。
全体的に、「面白いんだぞ!」という雰囲気は醸し出しているんだが、でも本当に面白いか?というと、
・大阪名物パチパチパンチ
だの
・君がいて僕がいる
だの
・ゴメンくさい
だの
・あ~めま~
だの
・今日は、このぐらいにしといたるわい
だの
・ホット、ホット
だの
最近見てないので、古いのばっかだが、
「ここは、笑うとこだぞ!」
という、お約束の雰囲気がなければ、実は、そんなに面白くない。
若い頃、大阪大学の学生達と話したことがあって、・・・・・というか、奴ら会話に0.01秒でも隙間があれば間髪入れずに言葉を挟んで来るので、話してるのは皆大阪人ばかりなり、だったのだが、その時
「いやあ、大阪人って面白いなぁ」
と思ったわけではあるが、今思い出すと、特段、面白いことを言っていた訳でも無いのである。

例えば私が最も面白い落語家だと思う立川志の輔は富山出身だし。
ここ何年かの、私の中の面白い芸人と言うと
爆笑問題、タカ&トシ、ドランクドラゴン、サンドイッチマン、バナナマン、青空のいるこいる、ナイツなど、皆大阪人ではない。
でも、チッチキチーは好きだったけど。

そう言えば、明石家さんまも、良く喋るのであるが、面白いか?というと、なんか違うのだなぁ。

で、思ったのは、大阪人が面白いと思われるその源泉は、
「良く喋る」
にあるんではないかと思うわけである。

前述の大阪大学の学生達も、明石家さんまも、良く喋る。
では、明石家さんまは、そんなに面白いこと話してるか?というとそうでもなく、例えば久本雅美なども良く喋って面白いのだが、そんなに面白いこと話してるか?というとそうでもない。

両者に共通するのは、良く喋ることで、場に隙間を作らないことと、周囲から突っ込みがいのあるネタを引き出せることかも知れない。

では、大阪人はなんで良く喋るのか?ってことなのだが、
それは、たぶん、人口密度のせいではないだろうか?

例えば、初対面の10人が、Aグループでは団子状にかたまり、Bグループでは1m間隔に整列して、自己紹介をしたとする。
多分名前と顔と個性の区別がつきやすいのはBグループであろう。
だから、Aグループの人達は、自分を認識してもらう手段として良く喋るのである。

人口密度の高い大阪人もその傾向が高いと思われる。


更に、重要な要素は、大阪弁を話すことである。

たとえば、普通のAさんとBさんがいて、

Aさんは、「そらあ、あきまへんわ~」

と言い、

Bさんは、「それは、いけませんよ」

と言ったとする。

あなたは、どっちの人が、面白そうな人だと思います?

たぶん、Aさんでしょう。

つまり、本人の面白さと関係なく、大阪弁を使うだけで、面白いと思わせるものが大阪弁にはあるのです。


ですから、想像してみてほしいんですね。

標準語を使う明石家さんまを。

ただの、おしゃべりなおっさんです。

たぶん、今感じてる面白いさんま度は、半減するのだと思います。

かくして、大阪人が面白いと思われる要因は
・良く喋ること。
・吉本仕込みのイマイチなギャグを皆が
言えること。
・漫才を連想させる大阪弁を使うこと。
この3つの相乗効果により、実は、飛び抜けて面白いわけでもない大阪人をして、日本で一番面白い都道府県の座に君臨させているのではないだろうか。

このゴールデンウィークに、浅草のリトルシアターというところで、若手芸人の漫才をみて来たんですが、とても面白かったです。

グリーンマンションさんとか、あずうさんとか、かきくけこさんとか、いろいろ。

彼らは、標準語で漫才をやってるわけだが、それは大阪人に比べると圧倒的に不利な状況で、笑いを取ってるわけです。

でも、その不利な状況での修行が、大阪弁ではごまかせない本当の面白さに磨きをかけることにつながるのではないかな?と思うのである。

つまり、吉本より、浅草のほうがおもろいでっせーと、大阪弁で言いたいのです。



おまけ
そして、これには、もう一点スパイス的に効いていた、一件がある。
それは、阪神タイガースが長い間弱かったことである。
阪神タイガースが弱かったのは、別に大阪人が面白かったからではない。
だが、万年最下位チームとこれを応援する連中は、面白可笑しくいじりやすいのである。だから、弱かった阪神タイガースの存在もまた、大阪人を面白いて思わせるのに一役買っているのである。
確かに、大阪の野球チームがかつての巨人軍であって何度も優勝していたとしたら、こと野球に関連して大阪人の面白さを連想することは無かったであろう。


東日本大震災から1年が経った。

あの時は言えなかったけれど、今だから言いたいことがある。


アメーバのナウっていいうやつだ。


あの時、ナウを開くと、「心配してます」って投稿のオンパレード。

でも、その中には、現地で生死の瀬戸際の悲痛な声を投稿している人もいた。


けれど、そんな言葉は、あっという間に、

「私、心配してます」

って投稿に流されて、20秒も人の目に触れること無く、過去の投稿として流されてしまう。


私はl言いたかった。

本当に心配してるなら、被害にあってる人の言葉を皆がみれるようにしてくれよ!って。

本当に心配してるなら、「心配です」って投稿するなよ!って。


結局、

「心配してる」

ってのは、心配してるんでは無く、

「私、心配してるいい人です」って、自己顕示のために、多くの人の助けの言葉が流されていったんです。


ナウに「心配です」って、投稿した人達、全員に言いたい。


あんたの「心配です。頑張ってください。」のその自己顕示の一言が、一人の命を奪ったかもしれないってこと。


更に言えば、アメブロの管理者は、もっとそういうことに配慮すべきだったんではなかったんだろうか?


また、いずれ、どこかで起きるかも知れない大地震。


想像してみてほしい。


自分が死の瀬戸際で、悲痛な救いをナウに投稿したとき、

「心配です」

って、何万人もの「私いい人」って思われたい自己顕示の言葉によって、命が葬り去られる自分のことを。


え~、世の中には、3千円もする麩料理フルコースというものがありまして・・・・。

3カ月ばかり間があいてしまいましたが、以前書いた七尾城は、今年23になる娘プロデュース金沢旅行の一つでありまして、その他、2泊3日で色々と廻ったのであり舛。

で、今日のお話は、金沢における有名らしい麩料理の老舗、宮田鈴庵の麩懐石料理3千円コースについてです。
皆さんは、好きですか?麩。

娘は、子供の頃から麩が大好きなんですが、私には、ちょっと理解出来ない。

私の子供の頃は、良く味噌汁の具として入っていましたが、単に汁を吸った食えるスポンジみたいなもんで、麩の存在意義が分からない。
食べながら
「もっと、おまいの個性を出さなきゃダメじゃないか。」
と叱ったものである。(いや、そりはうそだけどf^_^;)

当時、私にとっての「3大存在意義が分からない味噌汁の具」は、麩、油揚、豆腐だったが、油揚は後に、お稲荷さんとキツネ蕎麦での活躍が認められ、私の中で大躍進を遂げた。
豆腐は私が40歳台になった時に、健康的な酒の友としての功績が認められ、今や一丁35円の豆腐ライフを毎日楽しんでいる。

そんな中、ただ一人遅れを取っているのが麩である。

何故に、麩だけが遅れを取ったのであろうか?

思うに、
油揚は、先に言ったように、お稲荷さんやキツネ蕎麦、うどんなど、独立した食べ物としての地位を確立したメニューに取り入ることで、欠かせない存在としての地位を築き上げている。
また、「とんびに油揚さらわれた」という諺?により、「イイもの」の代名詞であるような錯覚を抱かせるという、「土用の丑の日はうなぎに限る」にも通じる、広告業界がお手本にしたくなるような巧妙な裏技まで駆使しているのである。

豆腐はまた、独自の豆腐戦略を編み出した。冷奴、湯豆腐、揚げ出し豆腐なんてのはまだ序の口。
すき焼き、鍋料理各種には付きものだし、麻婆豆腐なんていう中華の超人気花形スターにも取り入り、果ては豆腐ステーキ、豆腐ハンバーグに豆腐プリン、湯葉、豆乳と貪欲にその勢力を拡大しつつある。

その点、麩は、何もない。
だいたい、「ふ」っていう名前からして、「おまい、やる気ないだろ!」と言いたくなる。
とうふを見習ってほしい。「とう」ふって言うぐらいで、「ふ」が10だぞ。やる気満々ではないか。
将棋だって、「ふ」は一番軽んじられる存在である。
でも、将棋の「ふ」はひっくり返ると突然「金」になるが、「麩」のほうはひっくり返っても「ふ」のまんまである。
私の記憶によると、麩が世間の脚光を浴びたのは、今を遡ること30年ちょっと前、鶴光のオールナイトニッポンの「怖~い話」のコーナーで、
【恐~怖の味噌汁~】
「かあちゃん、今夜の味噌汁、何?」
「今日、麩の味噌汁。・・・・きょう、ふの味噌汁・・・・恐怖の味噌汁。」

という話が最後である。

それ以来、一発芸人のように鳴かず飛ばずのまま、今日に至っている。
まるで私の人生そのものだ。

そんな麩のくせに、いったいどういう料理で3千円も取ろうというのか?

これはもう、「麩達のGIANT KILLING」と言えよう。
そして、今日ここに、彼らの華麗なる戦略が明かされるのであった。

それでは、麩のフルコースをお目にかけよう。

まずは、お店の入り口。


『子供がまだ食ってる途中でしょうが』日記-宮田・鈴廣


で、料理のまず最初は
「麩のステーキ風」


なんですが、一品目は何も考えず食っちまいまして、いきなり写真が有りません。f^_^;

気を取り直して、2品目は
「車麩の巣籠もり風」


『子供がまだ食ってる途中でしょうが』日記-車麩の巣篭り風


「生麩のキノコ餡掛け」


『子供がまだ食ってる途中でしょうが』日記-生麩のきのこ餡かけ


「麩の酢の物とフライ」


『子供がまだ食ってる途中でしょうが』日記-麩の酢の物とフライ


「麩の佃煮」

『子供がまだ食ってる途中でしょうが』日記-麩の佃煮

「十穀米と麩の味噌汁」


『子供がまだ食ってる途中でしょうが』日記-十穀米と麩の味噌汁


「薬草茶とデザート」

(中身は麩饅頭)

『子供がまだ食ってる途中でしょうが』日記-薬草茶とデザート


おいしゅうございました。


というわけで、麩の皆さん、ばかにしてすみません。

麩ってすごいということがわかりました。


行ってみようと思った方、要予約なのでご注意を!


2、3年前のある時期、テレビ各局で示し合わせたかのように大地震関連番組が続いたことがる。

CGを駆使して様々な角度から大地震のメカニズムと想定災害について伝えていた。


「なんで、こんなに地震番組を各局放送するのか?」と思った。


鎌倉の大仏殿が津波でなくなったのを知ったのもこの番組である。


そして、番組では、近い将来巨大地震が来る可能性が高いと伝えていた。

その場所は、明言は避けたけれど、北の方の可能性を伝えていたり、関東では無いと伝えていたりした。

なんとな~く東北地方をイメージできる伝え方だった。


そして、その1、2年後、実際にそれは起きたわけである。


昨年7月13日(12だったかも知れない)、三浦半島の活断層が活発化しているとの報道があった。

先の番組の記憶も重なり、大々的に報道するとは、かなりヤバイのではないか?と感じた。


そこに来て、今回の報道である。

「4年以内に南関東で、M7以上の地震が発生する確率が70%」


この、小出し報道は何を意味するのだろうか?


明言すると、大混乱になるから、少しづつリークする。


「東日本大震災の影響で、三浦半島の活断層が活発化していると半年前に発表し、その後も警戒監視を続けていたが、さらにそれ以降も続く余震の影響で、三浦半島の活断層は非常に危険な領域に入りつつあることが分かって来た。

ここ1、2か月で余震が収まれば、三浦半島の活断層のずれの可能性は下がるが、まだ半年は余震が続きそうであり、そうなると必ず4年以内に三浦半島で、M7以上の地震が確実に発生する。

このため、現段階では発生する確率が70%と発表した。」


そんなふうに読めないでもない。


どっちかというと、かなりのんびりな方の私だが、これは、ヤバイと感じている。


ただ、住処を変える金と決断と確信はない。


やはり、ことが起きた時の対策をしっかりするのみである。


だって、人生なんて、明日交通事故で死ぬかもしれないのだから。


そういや、小田原ではきっかり70年周期で大地震が起きており、その70年は10年程前に過ぎている。

こっちも気になる。


あ、そういや、誰か読者登録の申請をしてくれてたみたいですが、ここんとこずーっと1月のことに掛かりきりで、忙しくて、何も返事をしないでいたら、とりやめたみたいです。

すみません。



それは、1978年の夏休み前、北海道は函館のある高校生A君が使い始めた。

きっかけは、Hyperconjugationという言葉についての化学の授業。

Hyperconjugationとは、共役の1種で例えば2重結合の隣のメチル基からプロトンが外れることで起きる共役構造。

(化学に弱い人、ごめんなちゃ~い)


A君「へぇー、ハイパーコンジュゲーション?なんか、かっちょいい響きだなー。」


先生「日本語で言うと、超共役と言う。」


A君「超共役?なんだか、すんげー共役みたいじゃん。」


生活の中で、超○○と言えば、超特急くらいしか使わない当時としては、とっても新鮮に響いたのか、超共役がすっかり気にいったのであった。


で、面白好きのA君は、さっそくその日から、いろんなことに「超○○」という言い方をして遊び始めた。

・すんげー暑いことは、超暑い。

・超暑いの比較級は、超ウルトラ暑い。

・超暑いの最上級は、超ウルトラスーパー暑い。

・で、更にその上は、超ウルトラスーパーハイパー暑い。

といった具合。


箸が転がっても面白い年頃、A君は、寮生だったので、たちまち寮生との仲間内で、ゲラゲラ笑いながら超言葉を使い始めたのであった。


そして、彼の何人かの同級生は、東京の大学へ進学し、その周辺でもまた、「超○○」が流行りだしたらしい。

大学生のアルバイトと言えば、家庭教師。

ひととおり、大学内で超○○が広まり、多くの大学生が家庭教師先の小学生相手に、「超○○」をやり始め、大うけ。

小学生「先生、おもしろ~い。」

ってなもんですね。


そうして、いつしかポツポツとひろまって、数年後に学校のあちことで、誰かかれかが同時多発的に使い出した。

そして、女子高校生を中心に大流行となったのである。


wikipediaによると

「1980年代前半に主に男子小学生の間で、続いて1980代後半から少女を中心にスラングとして単純な強意を表す用法が流行した」

とあります。


本当かどうかは知らないけれど、

少なくとも、冒頭のA君が1978年に使い出したのは、本当である。

何故ならば、A君は私なので・・・(#⌒∇⌒#)ゞ


でも、時間的な流れとしては、あながちありうるかもしれません。


いや、超○○のルーツはきっと、僕に違いない。


と実は、本気で思っているのさ~♪。





今朝、朝ズバで、由紀さおりさんの話題があった。

その中で、デビューして鳴かず飛ばすの時期のことを
「しふくの時を過ごしていた。」
との説明を聞いて違和感が。

「至福の時って、そういう時に使わないだろう」と。

で、調べて見たら、

至福:この上ない幸福
雌伏:実力を養いながら活躍の機会をじっと待つこと。

だということだった。
いやあ、雌伏という言葉、初めて知りました。

感覚的に正反対な意味合いが、音だと同じ言葉だなんて、日本語は難しいですね。

ただ、ちょっと気になるのは、

至福は、幸福という単なる状態なのに対し、雌伏は、「じっと待つこと」という、行動と時間の概念をはらんだ言葉ですよね。

だから、至福は「至福の時を過ごす」という使い方が出来ても、
雌伏は、「雌伏の時を過ごす」ではなく、
「雌伏する」
が正しい使い方ではないかと思うのですが、いかがなんでしょう。
Googleとか見ると雌伏の時って出て来るけれど、
雌伏の意味合いを考えるとなんか絶対に
「雌伏の時を過ごす」は、あり得ないような気がして来た。

絶対「雌伏する」が正しい使い方に違いない。

うん、きっとそうに違いない。

もし、そうだとしたら、また一つ、日本語の正しい使い方が言葉の番人であるべきアナウンサーによって壊されてしまうことになるのか。

日本語に詳しい人、おせーて。

やりました、最後の最後にJ1優勝チームのFC東京に勝利!

やっぱ、FC東京の方が実力は格上でしたけど。


でも、J1昇格を果たしました。

来年は、再びJ1じゃー!


さ~て、次は、柏レイソル応援しよ~っと。