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 掌編小説・『傘』
 
 
 
 <アントン・チェホフ風に>
 
 いつも、犬を連れて、家の前を散歩している可愛い奥さんは、瀟洒で、趣味のいい日傘をさしていた。
 
 軽そうなその傘は、ベージュ色で、ちりめん皺のような生地のコットンに、ラメのような銀色があしらわれている。派手ではないが小粋で、思わず魅了されそうな、不思議な引力を発揮していた。
 
 奥さんと言いつつ、若々しさではちきれそうな、均整の取れた肢体は、憎らしいほどに理想的に、”様に”なっているのだった。
 
 
 今、我が家の庭には、真紅の薔薇が咲き乱れていて、馥郁とした絶妙にロマンチックな香りを振りまいている。上質のローズヒップがどっさり取れそうだった…
 
 「薔薇ならば、花開かん」ウィルヘルムマイスターその人は、有名な薔薇と詩才への賛辞《レトリック》をこう述べた…99本の薔薇の花ことばが「永遠の愛」。100本の薔薇の花ことばは、「完全無欠の愛」
 
 6月の日盛りに、モネの有名な連作のような、”日傘の女が散歩”している光景は、美と幸福と愛というひとつの人類の理想の典型を如実に表現しているかのごとくに素敵だった。
 
 
 モネは光と夢の画家だ…私はそう定義づけていた。遠い日の追憶や、世界への賛嘆の隠喩の、一瞬の自然の彩かなコントラストの移ろい…
 
 私は、素人画家で、田舎の風景を写実したコロー風の、メルヘンチックな、とても綺麗な(手前みそだが?)絵をよく描くのだった。奥さんをモデルに、モネの模写をしてみたいな?と、ふとそう思った。模写は技術の向上に役立つし、まあ金にもなる。
 換骨奪胎というが、風景画の中で「日傘の女」ほどになんだかファンタジックで、夢のように美しいという形容がぴったりくる絵はまあ無い…モネに心酔している私は、やみくもにその、数寄物の病、例の表現欲、芸術的衝動というやつに駆られたのだった。
 
 いつも午後に、可愛らしいコッカースパニエルに付けたハーネスを一定のリズムで引っ張りながら歩いている奥さんに、或る日に私は思い切って「もしよければ、絵のモデルになってもらえませんか?」と、持ち掛けた。
 
 少女のように整った顔立ちで、薄いそばかすのある奥さんは、一瞬怪訝そうに眉をひそめたが、すぐにっこり笑って、「かまいませんよ」とうべなった。
 
 … …
 
 完成した「薔薇と日傘の女」は、モネの未発見の作品と銘打っても、だれも疑わない、寸分たがわぬタッチやテイスト、クオリティを、寧ろよりアーティスティックに再現していた…絵についての客観的な評価くらいはできる水準の、ボクは技術を有していただけだ。
 
 アレンジされた薔薇は、12本描かれていて、「ダズン・ローズ」には、特殊ないわれがあった。
 
 「あなたを妻にしたい」という花言葉…
 
 構図はモネの不朽のマスターピースを踏襲しつつ、「奥さん」の初々しく気高い美貌は、写実的に、かなりロマンチックに描いてみたのだ。奥さんは私の熱っぽい「告白」の真摯さをすぐ理解して、ほほを赤らめて、「まあ」と、夢見ているような目つきになった。ボクは、可愛らしくほほを両手でおさえている奥さんのあごに手をやり、上を向けて、その唇を奪った。
 
 … …
 
 「あのピンク色のパラソル、ずいぶんお気に入りなんだね?」
 「主人の形見なのよ。結婚記念日に贈ってもらったの。でね、なんだか心強いからね。ずっとお守り代わりに持ち歩いていて…」
 
 不意に突風が吹いて、パラソルが空に舞い上がった。
 
 はっとして、それでも大事な記念のお守りを、奥さんはとっさに捕まえようとした。
 
 そうして、小走りに車道に出た奥さんは、たちまち、傘もろとも、猛スピードで疾走してきた路面電車に巻き込まれてしまったのだった。
 
 
<了>