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 …<村上春樹風の掌編>
 
  僕が、「筆おろし」という比喩を世の中で使われている、”厳粛な人生の通過儀礼”を済ませたのは、17歳の時だった。
 
  もう、変声期は過ぎていて、とうに精通は終えていて、だけど、女の子たちに囲まれていても、声をかけることすらままならない、というもどかしくも悩ましい思春期というものに、僕はその真っただ中にいたのだ。
 
 「地獄の季節」というランボーの詩集のタイトルは、なんの比喩だっけ?
 知らない。が、僕には今の、青春というものが、地獄の季節だった。
 
 顔はニキビだらけ。お金なんて一銭もない。学校は面白くない。時々すれ違うJKの、洗い髪のフローラルな香りに、「青春」というものの理想像を捜そうとか、なんだかちぐはぐに暮らしていた。
 
 「ねえ?リップクリームとか、もしかしたら持ってない?」
 「?え?」
 僕は面食らった。
 
 若葉の風と木漏れ日が戯れている5月の公園のベンチで、不意に声をかけてきたその女は、ちょっと薄い感じの、上品で甘い…そう果物の「ビワ」を連想させる表情と目鼻だちをしていた。
 瓜実顔で、目は細く、柑橘系の香りをさせていた。
 
 ヘンな言い方だが、従来に僕は「ビワ」という果実に、何だか複雑な感情を抱いていて、恋心かもしれない。
 
 果物に恋心?
 あまりにもヘンだ。
 
 だが僕にとって、「ビワ」はあまりにパーフェクトな果物だったのだ。色も、香りも、味も…名前の響きも。
 金木犀の香りが、大好きで、でも残念なことに果実は生らない。もし、金木犀の香りにふさわしい理想的なフルーツがありうるとすれば、それこそがこの可愛いエレガントな形で、甘くてサクサクした食感の、僕の嗜好にピッタリの味の「ビワ」だなあ?
 
 漠然とだが、そういう「ビワ賛歌」を、胸襟深く、心のキョウテイ深くに秘めていたのだ。
 
 無口な少年だったので、そんなことを考えているのは秘密で、誰にも知られていなくて、で、そういう自分だけの秘密はたくさんあった。
 
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 「リップクリーム…切らしちゃってて、唇が乾くと痛くなるのよ。コンビニにはあるはずだけど、もしかしたら貴方がドライリップの同病者かもしれないかなと思って」
 
 「え、えーと…その、そうひどくはないんだけど、時々痛くなったりして、舐める癖があるからだけど…」
 
 大人の女性と話す機会は超レアという純情な高校生だったので、赤くなって、しどろもどろになってしまった。
 
 「持ってるのね!ありがとう!」彼女はにっこり微笑んで、手のひらを差し出した。
 
 彼女の声は、澄んだ、なにか鳥のさえずりのように音楽的な、耳に快い声音だった。
 優しげで、それでいて理知的なニュアンスは、顔立ちに右へ倣えだった。
 その女神の受肉は、さながら美しく統一した、一個の、万物の霊長としての美質を著しく際立たせた唯一無二の被造物、輝かしい造化の神の恩寵…「女性」というものに免疫のない、ただ憧れるしかなかった、当時の僕にはそんな大げさな感慨が浮かんだ。(表現は今、翻訳捏造したものだが…)
 
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 「唇、もうカサカサしていないかどうか、ちょっと試してみたいなあ?君、実験台になってみない?うふふ」
 
  悪戯っぽく微笑みながら、「女神」は大胆なことを、サラッと言った。
 
  「え?どういうこと?」
 
  鳩が豆鉄砲を食らって、デデポッポーと啼いたような顔をしている僕の唇を、彼女は素早くリップ塗りたての馨しい、柔らかく蠢く”芋虫”で撫でた。
 
 その甘やかな衝撃は、まさに青天の霹靂!…或いは空からアマガエルの雨でも降り出したような?…色恋沙汰、ドラマも事件もほとんどない、そのころの哀れな童貞には、そういう連想しかできなかった。(後半はまたも捏造だが?)
 
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 …それは、初めてのキスだったが、そのあと急に打ち解けて親密になった彼女と僕は、降り出した雨を口実に、近くのビジネスホテルに昼間から「しけこん」だのだった。
 
 緊張をほぐそうと、ビールを無理矢理流し込んで…無我夢中に白熱忘我のひとときを体験して、…脳のヒューズはもとより、大富豪のハワード・ヒューズの財産もふっ飛んでしまうほどに興奮した。
 
 どうにか「筆おろし」を済ませて、墨痕淋漓と、「童貞喪失」という書初めを書き終えたような気分だった…と思う。
 
 これはもう50年も前の話なのだが…そのあとに一億回はしたであろう接吻の、これが濫觴、というエピソードなのだ。
 もし、あの時にリップスティックを忘れていたら…とか今でも思う。
 
 …恰も、巷では強姦がテーマの「リップスティック」という洋画が流行っている、大昔の春の日の出来事だった。
 
 <了>