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掌編小説・『小さな親切』
 
 錬金術師のマリィは、お茶目なエルフで、「アトリエ・マリィ」で、いつも薬草を調合して、薬やハーブティーを作って、売って、生活していました。
 錬金術師だけに、アトリエの二階は難しい専門的な錬金術や薬学や植物図鑑やそのほかの本がいっぱいでした。
 錬金術の実践で、薬草を調合してなりわいにして、空き時間には、錬金術の理論編と自称して、共通の目標、錬金術という呼称のゆえんである”黄金”そのものを人工的に作り出すことはもちろん、いろいろな、現代でいう「化学実験」をしていました。
 
 「ええっと、昨日はずいぶんたくさん実験とか調合とかして、ずいぶん研究が進んだ…
二回失敗して前髪がだいぶちじれっ毛になったけど…」赤い丸メガネを低い鼻の上でずりずりしながらマリィは独り言ちました。
 「お城のガーディアンの神龍《シェンロン》が病気だっていうから賢者の石で調合した万能薬を届けて…フランソワ王女の飼い猫のアメショも元気がないっていうからついでにマタタビと生卵と甘草と牛黄を調合したのをを届けて…」
 マリィは日常のこまごましたことをすべて分厚いノートに記録していました。
 「6月の目標は、うちの105歳のおばあさんの不定愁訴に効くハーブを新しく調合することね!そのためには「神経不安と薬草」っていう漢方医学の本と「心の病と錬金術」っていうヒポクラティスの古典を読んで”自家薬籠中”の物にしなきゃね!…ああ忙しい…」
 
 やりたいことも予定もぎっしりでしたが、マリィは探求心もバイタリティも旺盛なたちで、ひたすら目標やノルマの達成に向けて倦まず弛まず頑張れるのでした。
 
「ごめんください…マリィさん、いる?」
「はあい。だあれ?」
 
 玄関口にたたずんでいるのは、近所のヤテおばさんでした。
 
「今月も生活が苦しくて…一万ペソ融通してくれないかな?来月の初めには返すから」
「まあ、また?もう累計で10万ペソを超えているわ。うちは商売していてまだ融通が利くけどもうそろ清算してもらわないと困るんだけど…」
「子供が病気でね。薬代がかさむんですよ。あちこちに不義理続きで、もう割と羽振りのいいマリィさんに頼るしかどうしようもなくて…」
「何の病気だっけ?」
「栄養がよくないせいで喘息を起こしてね、ひどい発作だからしょっちゅう頓服薬がいるのよ。保険にも入れないからやっとのことでねん出していて、それも支払いが延び延びなのよ。首でもくくって心中したくなるくらいに苦しいわ」
 そう言って、ヤテさんは底なし沼のように深いため息をついた。マリィは心底同情して、隣家を訪問して、娘さんの容態を診察してあげることにしました。
 
… …
 
 これは「異世界転生もの」のファンタジーと同様に任意の、架空の時空の座標軸上に偶然に構成されている、という設定の物語で、そのある中世風の王国では錬金術師は自然や人間について最も深い学識を有する職業、知的特権階級で、それゆえ医師と薬剤師とカウンセラーを兼務しているような社会的な悪割を受け持っていたのです…
 
  「ふうん。喘息はだいたい虚弱で過敏な体質が原因で…外界からの刺激に過剰に反応してしまうという…つまりからだが外の世界とのけんかに負けちゃうわけね。だから体質を強くすれば改善します。極力栄養を取って、運動もして、日光を浴びる。夜はぐっすり眠る。そうして生活リズムを整えていくことね。内服薬は、滋養強壮によく効くコウライニンジン、ジャコウネズミ、鹿の角、牛の胆石…こういうのを煎じて…」
 
 マリィが「後から薬を届けるから」と言い残して立ち去ろうとすると、ヤテおばさんがお礼を言ってから、おずおずと尋ねました。
 「あの…お代はいいんですか?実は今…」
 「いいのよ。わかってるから…そうね…そうだ!」マリィは何か思いついたらしく、急に眼を輝かせました。
 「ヤテおばさん!ここへ来る途中に野っ原になってる空き地があったでしょ?あれはおばさんのうちの土地だったわっよね?あそこにいっぱいセイタカアワダチソウがはびこっていたわよね。あれをあたしに全部引っこ抜かせてくれない?もしかしたら子供さんの喘息はあのブタクサが原因かもしれない。今、「不定愁訴」に効果のあるハーブティーの調合をしているところだけど、あと多分「黄色い花の色素になっている物質」が錬金術の理論上必要なのよ。ブタクサがそれになるかしれないの!それをやらせてくれたらお金は結構です。”小さな親切”?思いやり?の交換ってわけね!」
 
 …次の日の朝、マリィは空き地に出かけて、自分の背丈の二倍ほどのセイタカアワダチソウをすっかり刈り取りました。
「小さな親切、大きなお世話。とか言うけど、これは紛れもない役に立つ善行だわね?花粉は悪さをするけどこれだけ繁殖力の強い花だからハーブとしてはもしかしたらすごい薬効があるかもしれないわね…このブタクサ」
 
…マリィの「小さな親切」が奏功したのか、程なくして、ヤテおばさんの娘さんの喘息はすっかり、薄紙をはぐように快癒しました。
 ヤテおばさんは殆ど泣かんばかりに感激してマリィの見立ての鋭さと処置の機敏さに感謝しました。
「ホントにマリィさんは王国一の錬金術師だわ!ありがとうね。娘も元気に学校へ行きだしたよ!」
 そう言ってハンケチで目元を抑えるヤテおばさんの笑顔も、この間とは見違えるほどキラキラ輝いていました…
 
 …うちに持って帰ったブタクサの花の色素を研究した結果、マリィの作りたい「不定愁訴に効くハーブ」のための調合材料の「黄色い花」にするのに理想的なのが分かりました。
 古いラテン語の「”メランコリア”を治癒する究極の薬」のレシピで、”黄色い花”としかないので菜の花とかかぼちゃの花とか、「マリィ」の錬「金《ゴールド》」術のアトリエ兼ハーブショップというので、洒落のつもりで屋号にあしらっている「マリーゴールド」、金盞花も試してみましたが、100%完成にはならず、最後に試したこのセイタカアワダチソウが理想的な成分の「黄色い花」だとわかったのです!
 
 祖母のエリザベスの106歳の誕生日に、マリィは調合した「ネオ・マリイゴールドティー」をプレゼントしました。
 「おばあさん、これはアトリエ・マリイきっての今までの最高傑作かもしれない、不定愁訴、うつ病の特効薬よ!多分もうおばあさんも憂鬱で暗い気分にもう苦しまなくてもよくなるはずよ!毎朝毎晩食事の後に飲むだけでいいのよ。106歳おめでとう!どうか長生きしてね」
 
…おばあさんは高齢のためにもうとうに寝たきりで、ものをいうこともできなくなっていましたが、それでも孫の好意がよく伝わって、その頬は久しぶりにバラ色に輝いて、目じりには嬉し涙が滲じんでいました。
 二人はしっかりと抱擁し合い、何度もチャイニーズ・キッスを繰り返したりして、久しぶりの水入らずでの幸福な時間を心行くまで過ごしたのでした…
 
<おしまい>