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 掌編小説・『ノーベル賞』
 
ーJ.D.サリンジャー風に…
 
 ピギーは白痴の少女でした。
 人形のような姿態とふわふわした巻き毛、エメラルドのような瞳が魅力的な16歳。
 でも口がきけず、あまり系統だった運動もできないので、ずっと凝っと独りで部屋の中に端座していました。
 風のそよぎや、森から流れてくる馨しい薫りを、快いとは感じられても、なぜか?とか、なにか?とかは分からないし、そういう疑問とすら無縁の世界に、ピギーは一人ぼっちなのでした。
 
 ピギーにとって自分も他人も、ペットのマルチーズのフォグも、哲学で言うと「即自存在」で、ほぼ「あるがまま」に存在していて、それを表現する意味や言葉、抽象的な概念や意義、そういったものはピギーには無縁でした。
 
 森羅万象は相互に「関係」というものを持たない雑多な情報のかたまりで、いわばピギーは(A.I)のないロボットのような、世界の中では特異な存在でした。
 
 初夏の世界は美しくて、輝くような緑の木々が馥郁とした芳香を放っていました。
 ピギーの視界にはすべてがありのまま、なんら歪められずに、美麗で鮮烈なままに映じていました。
 
 ですがその感覚的なセンセーションには、一種独特の鋭敏さがありました。事物の細かな陰影デテイルや光と影のコントラストへの感受性、モネの「麦わら」の絵画にあるような継時的な風景の移り変わりを創造的に再構成する能力、つまりほぼ一流の画家並みの特異な視覚的能力の卓越性を、ピギーは生まれながらに具えていたのです。
 
 「白痴の天才画家」としてピギーは有名になり、その絵は、オークションで、バンクシーにもひけをとらない傑作として軒並みに高い評価を得ました。
 
 ピギーの行動半径は自宅と、部屋の中、ポプラの生け垣に囲まれた庭、せいぜいが30メートル四方ほどの空間に限られていたので、絵の題材は限られていて、勢い”同工異曲”のスティルライフと風景がすべてでした。一見すると何の変哲もない題材を、普通の画材で、さして苦労することもなく、ピギーは写生して、しかしそれがまるで魔法の絵具と魔法の絵筆を使って仕上げたかのごとくに、素晴らしい絵が次々と出来上がるのでした。
 
 なぜピギーの絵がそんなにみんなの胸をうち、一種の感動を呼び、高い値で取引されるような「芸術」として認知されるようになったのか…
 
 それはだれにもわかりませんでした。
 
 が、やがて、ピギーの絵を書斎に飾った人には、例外なく「素晴らしい幸運」が舞い込むらしい、そういう噂がたつようになりました。「まことしやかにささやかれる」都市伝説?というやつかもしれません。
 
 「宝くじが当たったらしい」とか「恋人ができたらしい」というものから、「頭のヒラメキが良くなって素晴らしい発明をした」とか、「不治の病が奇跡的に完治した」とか、はては「ピギーの絵を書斎に飾っていた学者がノーベル賞を受賞した」という眉唾なうわさまで流布した。
 
 白痴で、コミュニケーションというものが全く不可能なピギーにはすべてこうしたことは無関係で、無意味で、いわばモグラが偶然にダイヤモンドの原石を掘り当てた?そんなものかもしれない…
 
 誰もがそう思っていました。
 が、「絵を飾っていた学者がノーベル賞を受賞した」というのは紛れもない、青天白日な?事実だったのです。件の学者がノーベル賞に該当したそのゆえんというのは、「ある種の知的な障害を最先端の遺伝子工学により短時日で劇的に改善し、治癒、完治させる…云々」という研究の成果の功績だったのです。
 
 全く本人も意外だったノーベル賞を受賞した件の学者は、お礼かたがたピギーの自宅兼アトリエを訪れ、ピギーの症例を詳しく診察して、「私の方法論で治療しうる」と判断し、早速ピギーを研究所に隣接する病院に入院させました。
 
… …
 
「おめでとう!」
「おめでとう!」
 
 白痴だったピギー、今は本来の知性を取り戻して輝かしい青春を取り戻した20歳のピギーは、件の学者とめでたく華燭の典を挙げたのです。
 
 ですが、あのクロードモネをも凌駕しようかという天才的な画才も、知的な障害と共に、不思議なことにすっかり消えてなくなってしまったのでした。
 
 あぶはちとらず、とはこういうことかもしれません。
 
<了>