今までの経緯 その7 ~グレン手術~ | せいぶるのブログ

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左心低形成症候群の息子と
何でもこなすお転婆娘の日記☆

さて、今回はグレン手術について書きたいと思います。


入院まで特に体調を崩すこともなく、予定通り2月10日に入院しました。

今回の入院に合わせて1月末から離乳食を始めていて、

病院でも1日1食お昼だけ出してもらいました。

病院のメニューは10倍がゆの他にスープやら副菜やら、

何種類も出てびっくりしました。

坊主は好き嫌いせず、何でも良く食べてくれて助かりました。


翌日、心臓外科の先生がやってきて、手術の日程を変わってほしいと

申し出があり、16日から21日に延期になりました。

この時も4人部屋で、偶然にも同じ市内在住の方もいて仲よくさせて頂き、

以前GCUで一緒だったママさんとも再会し、GCUの看護師さんたちも

面会に来てくれたりで楽しく過ごす事ができました。

その後ハーフバースディを迎え、数日後には歯が生えているのを発見し、

入院中でもメキメキと成長している姿が見れて、嬉しかったです。


そして2月21日、グレン手術の日。体重5940g。

6時に朝の薬を飲ませ、浣腸、点滴開始。

手術は8時からで抱っこで手術室まで行き、見送りました。

部屋に戻って荷物を片付け、私たちは家族控室へ移動しました。

12:40にPICUへ戻り、先生が説明に来てくれました。

予定通りに終了し、呼吸器を抜管して無輸血で帰ってきたそうです。


13:30頃、ようやく面会できました。

浮腫みはあまり見られませんでしたが、呼吸がゼーゼーしていて

とても苦しそうでした。

目を覚ましてしまったらしく、また薬で眠っていました。

術後の採血で貧血が進んでいる為、やはり輸血する事に。

サチュレーションは82位、面会も10分ほどで一旦終了して出ました。


14:30頃、2回目の面会に行きました。

血がまわり始めて体温が上がったので、頭だけ冷やされていました。

私たちが側で話していると時々叫び声のようなものを上げて泣き出して

しまったりするので、早々に面会を切り上げられ、その日は帰宅しました。


翌日は、また刺激で起きちゃうといけないので触らないように言われ、

ただ見つめていることしかできませんでした。

呼吸があまり上手くできず咳もしないので痰がたまり、吸引しようとしても

嫌がって口を閉じてしまうので、薬で眠らされていました。

もしこのまま安定しないようなら、呼吸器を再挿管すると言われました。

面会を終えて自宅近くに帰って来たところで、「やはり呼吸器をつけました」

と病院から電話が来ました。

レントゲンを撮り、今回の手術で繋いだところが狭いようだと、

再手術になるかもしれないと・・・・・。

あと肺の血管を柔らかくする為、一酸化窒素を吸っているとの事でした。


グレン手術の後は多少無理してでも呼吸器を抜管してしまった方が

馴染みやすいので外してくる事が多いそうですが、坊主の場合は

月例の割に肺動脈が細いので、体が追いつかなかったようです。

先生方からも、今回は無理せずにゆっくり進めて行きましょうと

言われました。


それからはゆっくりですが徐々に呼吸器のサポートも減り、一酸化窒素の

値も下がり、何とか再手術はしないで術後8日目にようやく抜管し、

久々に目を開けて笑顔も出てきました。


そして3月3日の雛祭り、パパが休みだったので一緒に面会に行きました。

ミルクも再開し点滴も減ってきて一般に出るのも近いかなと話していたら、

それから30分もしないうちに、なんと一般に移ることに!!

他の患者さんの都合があり、ベッドが満床のため、一番安定している

うちの坊主が脱出する事になったのです。

これには本当にビックリしました。

その日は私だけ置いて帰ってもらい、翌日パパが荷物を持ってきて

くれました。用意してあってホントに良かったわ (*´Д`)=з


一般に出てからは、あれよあれよと点滴がなくなり、ミルクもどんどん

増えて、またもや1週間でのスピード退院となりました。

入院からちょうど1か月後の3月10日、無事にお家に帰ってくる事が

できました。

ところがその日の午後から私が発熱。10数年ぶりに風邪を引き、薬を

もらいに行く事に。。。

そして翌日には、東日本大震災がありました。


色々な事があり、本当に忘れられない出来事です。