中田、高校キング86号!まだまだ続く怪物伝説 | 京都の高校野球ブログ

中田、高校キング86号!まだまだ続く怪物伝説

ついに大阪桐蔭の中田選手が高校最多本塁打記録(86本)に

ならびましたね!ほんとあっぱれです!

スポーツ報知の記事に詳しく書かれていたので、それを以下に

貼り付けておきます。


スポーツ報知HP より)


◆練習試合 初芝0―14大阪桐蔭(1日・大阪桐蔭グラウンド) 

怪物が高校球界の大記録に肩を並べた。大阪桐蔭・中田翔投手

(3年)が1日、大阪・大東市の同校グラウンドで行われた初芝(大

阪)との練習試合で2本塁打。5試合ぶりの一発で高校通算本塁

打を86本とし、これまでの最多記録とされている埼玉栄・大島裕行

(現西武)に肩を並べた。夏の大阪大会は7日に開幕。3年連続出

場に向け、弾みをつけた中田のバットが大爆発の気配だ。


 笑顔は見せなかった。記録とされる86号に一気に並んでも、ダイ

ヤモンドを回る中田は表情を変えなかった。6月中旬に「(達成時は)

ガッツポーズとか派手に喜んだ方がいいですか」と考えたこともあっ

たが、怪物は怪物らしさを貫いた。


 2発とも爽快(そうかい)なライナーだ。6回1死から左中間の山林

に85号を突き刺すと、9回は高めのスライダーを左中間のネットに

ズドン。「ここまで早く打てるとは思っていなかったのでうれしいです」。

6月中旬に遠征した三重・熊野市が製作した「記録おめでとう! 中

田君」の横断幕が試合後に掲げられると、さすがに会心の笑みを見

せた。


 86本の原点は、2005年5月11日。控え選手が多く出場する大

阪府私学大会の啓光学園戦だった。「センターに打ったことだけ覚

えています」1年生の中田は、いきなり高校初アーチを含む2本塁

打。報告を受けた西谷浩一監督(37)が昇格を即断すると、4日後

の平安(京都)との練習試合でも3号を放ち、アーチスト人生は滑り

出した。


 最も思い出に残っている一発は、昨年6月25日の練習試合、愛

工大名電(愛知)戦だ。打球は14メートルの防球ネットよりも高い、

左中間にそびえ立つ杉の大木を越えた。170メートルでは済まな

い。38号は「一番完ぺきに打てた」一撃だった。


 ひそかな偉業がある。右肩を痛めた昨春の1試合を除けば、異例

のフルイニング出場中だ。多少の病気やけがを押してダブルヘッダ

ーでも投打にフル稼働する高校球界の鉄人。指揮官は「ものすごく

しんどいと思うが、平田(中日)と同じでそれができる」とメンバーか

ら決して外さない。

 年明けは投手としての夢が強かったが、最近では打者としての未

来図も描き始めている。「次の目標? キリのいいところ…、一応1

00で」試合後には約30分間のロングティーを敢行した。たゆまぬ努

力。その先には、必ず栄光が待っている。


 ◆記念球は母へ 高校通算本塁打の最多記録到達に、中田の

母・香織さん(43)も「いろんな人に支えられて、打たせてもらった」

と感慨深げだった。“怪物の母”の印象に残っている本塁打は1年

夏の甲子園での一発。「入学したばかりで、本人も何もわからずに

一生懸命だったので感動しましたね」この日の記念球も、息子から

母へ。「ハイ、これ」という息子からの短い言葉には、感謝の思いが

詰まっていたと実感したようだ。



笑顔の中田選手
         
大阪桐蔭・中田は高校最多に並ぶ86本目

のホームランボールを手に笑顔



                          

 ◆大阪桐蔭・中田の本塁打あらかると
▽1、2号(2005年5月11日)大阪府私学大会の啓光学園戦で

マーク。
▽8号(同8月8日)夏の甲子園1回戦、春日部共栄戦で左翼席

中段へ決勝の甲子園1号。「抜けたと思って走り出して、パッと見

たら入っていました」1年夏の勝ち投手&本塁打はPL学園・桑田

以来だった。
▽44号(06年7月22日)府大会の柴島戦で2戦連続の満塁弾。

結局、大阪大会は5本塁打。
▽47号(同8月6日)夏の甲子園1回戦、横浜(神奈川)戦でバッ

クスクリーン左のカメラマン席へ140メートル弾。2年連続甲子園

アーチはKKコンビ以来。
▽64、65号(同10月8、29日)府大会決勝の北陽戦でPL学

園・清原に並ぶと、近畿大会準々決勝の近江戦でクリア。「まだ

自分にあんなオーラはない」
▽67号(同11月3日)近畿大会準決勝の市川(兵庫)戦で場外

の民家2軒を越える170メートル弾。和歌山県高野連から記念盾

まで贈られた。
▽73、74号(07年3月28日)センバツ2回戦の佐野日大(栃

木)戦で、星稜(石川)・松井以来の2打席連発。