優しい森
もう何年も前、わたしが大阪に住んでいた頃、
お世話になっていた某編集部の方たちと、いかにも大阪的な飲み屋さんのカウンターにずらりと並んで飲んでいた。
楽しくはしゃいでいるうちに、遅くなってアパートに帰れなくなった。
わたしは、当時良くして頂いたそこの編集部の方から紹介されて、
その夜は、そこの若い女性社員の方の一人暮らしのお部屋に泊まらせて頂くことになった。
そこはまるでその日がクリスマスのようなツリーだらけ。
テーブルや棚、至るところに、所狭しと、緑にキラキラのボールや星のモールの飾りのついたツリーばかり。
てきぱきと動く彼女から、ホテルのような使い捨てのパッケージの歯ブラシを頂戴し、洗い立てのタオルに、黒いトレーナーも貸していただいた。
「人が来た時に、その人が居心地が悪くないように
いつもお泊りグッズがあるんです」
と彼女は言った。
初対面で泊まらせて頂いたが、わたしより若いのに、
ずっと気配り上手で笑顔が優しく美しい女性だった。
だから、恋人がいないと聞いてびっくりした。
後から考えてみれば、それどころではなかったのかも知れない。
部屋の中にあるテレビや炊飯器や自転車や家具や調度品たちは、その編集部の方々の貰い物だという。
阪神大震災で家を失い、窓から会社が見える、歩いてすぐ傍のマンションに引っ越した彼女は、会社の仲間からのカンパで、部屋に必要な家財道具がどんどん持ち込まれてきたそうだ。
それにしても、何でこんなにたくさんのクリスマスツリー?
と尋ねたら
「他のプレゼントだと可愛くないこともあるけど、クリスマスツリーはみんな可愛いから。
クリスマスにはツリーが欲しいって言うんです」
と答えた。
たくさんの同僚や先輩、お友達に恵まれた彼女の部屋は、
緑、白、ピンク、金色の賑やかなツリーたち。
具体的にどんな被害があったのかは訊かなかったが、
クリスマスツリーの森の中の彼女は、けなげでまっすぐで、
郷里を一人離れて大阪に住んでいたわたしの心が温まった。
それなのに、わたしは彼女に充分なありがとうが言えず、
翌年から病気をして関東に帰り、その編集部に仕事や飲みに行くこともなくなった。
そして、文章も書かなくなった。
彼女は、今でもあの優しい森にいるのだろうか?
優しくて賑やかで人の暖かさに満ちたツリーの森に。
大阪の知らない人たちの愛情に、若かったのか、わたしは当時すぐ慣れてしまった。
楽しい時間は、失ってもまた取り返せる永遠だと錯覚するのは何故だろう。
大阪を離れる時も、お世話になったその編集部の方々に、ちゃんとありがとうも言えなかった。
今、故郷の街の乾いたツリーの間を、白いコートのポケットに手を入れながら歩く。
孤独にも慣れてきた。
ありがとう。メリークリスマス。
(2003年12月・2004年12月加筆)