北条氏照の家臣 常盤小六郎平盛時 | たろうくん(清水太郎)のブログ

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2011年8月12日 (金)

北条氏照の家臣 常盤小六郎平盛時

八王子市元八王子町3丁目の八幡神社の通称「宮ノ前」に常盤姓の人々がおられる。この一族の常盤聖一氏は本稿の直系のご子孫である。その私有地に常盤塚があったが今は畑になりその地に墓石だけがたっている。ご好意に甘えて過日写真に撮らさせていただき、本稿の記述となった次第である。記録としては慶友社版の『武蔵名勝図会』の三三九頁と多摩文化第一四号『多摩文化・元八王子の研究』の318頁にある記述と墓石に記載された戒名等である。聖一家は八王子千人同心も勤めめられたがこれは千人株を買われてなられたようである。
 『武蔵名勝図会』は『新編武蔵風土記稿』の編纂に携わった八王子千人同心組頭植田孟縉によって文政五年(1822)には多摩の部が完成したようである。『多摩文化・元八王子の研究』の記録は明治拾参年編成とある。墓石については風化が激しく判読が出来ないところがあるが、常盤聖一氏によれば古い墓石ではないと言われている。

 【常盤塚】 北条家の家臣常盤小六郎平盛時というもの天正十八年(1591)六月廿三日に討死す。その軀を埋めたる塚なり。この人は相州下川尻の辺に住せしと云。子孫民間に入り、この地も荒廃の野となりしかば、文禄(一五九二~九六)の頃ここに子孫移住すと云。
 【一】 常盤五兵衛平時定二男五左衛門子孫今有元八王子 (『多摩文化・元八王子の研究』318頁)。

 【常盤】 ときわ <常葉・常和> 桓武平氏極楽寺流北条重時のこ子時茂から時範(時治)ー範貞ー重貞と四代が、鎌倉郡常葉郷(鎌倉市)に居住して常葉流北条氏を称した(参考)

 【墓石戒名】 (元祖は正面 二代は右側面 三代は左側面)

【元祖】         天正十八 庚寅 年
            廓□不味居士之墓
             六月二十一日

【二代】                 常盤譽四右衛門盛久立之
             正保二 乙酉 十一月廿五日
           千聖不携禅者
           湛凉定池禅尼
            慶安元 戌子 八月十日

【三代】        延宝(欠損)
          雲凉常閑上座    
                    各位
         白室妙雲大姉
          貞享三 丙寅 六月六日

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