遠足?後編
多摩川について、足の疲れや、、少しぼうっとする時間を。。
この時期を多摩川は、バーベキューや若者、家族連れを
問わず、盛り上がっている。
多摩川駅側は、音楽もガンガン鳴っていて、盛り上がりが
すごい。
こちら側(二子玉)は、騒がしさは無いのでほっとのんびり。
川の中を覗くと、鯉か鮒か?ですが結構大きな
魚が居ます。
で、、、一寝入り。。Zzzzzzzzzzzz
1時間くらい寝ただろうかーーー
今何時だろう18時・・・・・
どうやって戻ろうかなっ。このまま足が戻るまで
居るかっなどなど、、のんきなもんだっ。。
18時半、意を決して「歩いて戻ろう」
どれくらいかな?3時間くらいだろう。足がもつかな~
いやいや、他に方法が無いと思えば、何とかなるさっ。。
但し、寄り道は出来ない、最短距離を出来るだけ。。
北東を目指せばっねっ。まずは、用賀方向(3Kとあったので
歩測すると、30分。ん~10分1Kかっ。
このペースだと、22時くらいには・・・着くかなっ。。
環八へ出て用賀駅ビル(SUN)を右に見て、それより北東へ進む。
気がつくと、来た道馬事公苑横へ・・・、
さらに、東へ・・・玉川通りから世田谷通りへ、、何となく道は分かってきた
が、足が限界。。日も暮れて夜道だけど、、止まって休憩しても変な人
なので、公園見つけては休憩。
松丘公園・・・?
で、足洗い、、真っ暗なので街灯が照らす木を撮影。
足の限界が・・何か悔しさがこみ上げる!でも、何とかなるっしょ!
てくてく歩き出し、弦巻から世田谷通りへ、これで東急世田谷線沿い
に歩けば・・・でもまだ遙か北東です。やっと松蔭神社。
ここで5分ほど休憩して。。
松陰神社(しょういんじんじゃ)とは、江戸時代 末(幕末 )の思想家 ・教育者 で
ある吉田松陰 を祭神とする神社 である。松陰の墓所がある東京都 世田谷区
と、松陰の生誕地である山口県 萩市 にある。どちらも、学問の神として崇敬
を受ける。
あとは、北へです。
のはずが、、、北東へ進んでたみたい。気がついたら環七で凄く東へ
逸れた感が強く、落ち込み。。
(今地図を見るとそれほどでも無かったですが。)
住所は、代田。!
環七沿い改めて代田と名の付く駅は3つある。
世田谷代田(小田急)・新代田(井の頭線)・代田橋(京王)
全部制覇しました。。
開き直って、何とかなるっしょ!
にて、あとは、精神との戦いでしたが、
帰り環七沿い21時すぎているのに開いていた
小さな花屋さん、、なぜか引き込まれる。。
新代田過ぎた辺りです。
入ると店の人が誰も出てこない??あれっ。。
しばらくすると初老のおじさん。
何にする?と今日初めて人と会話を交わす。
なにかほっとしました。
私「そうですね~何か小さな花で鉢がいいです」
おじさん「そうか外ものか」
私・・・・
おじさん「外ものは外だよ」
私「・・・・・」
おじさん「家ものはこの辺りだけど」
私 外ものって、外で栽培するものか、家ものって
家の中で・・・とやっと意味が分かり
私 「この辺りの花の無いものも、それぞれ葉の色が
違ってたり、素敵ですね。」
「もう少し、葉の少ないものありますか?」
おじさん 「こん辺りは?」
私 「明るい色の葉ですね~。中から少し葉の少ないものを
選び。このライムポトスくださ~い。」
おじさん 「はいよ」
「これは、水が乾いたら水をあげる感じで良いよっ。」
私 「では一週間に一度くらい?」
おじさん「そりゃだめだ、1週間に2or3度」
「ありがとう」「元気に育てね」
私 「ありがとうございした」
と何気ないふれあいで、和まされ、気持ちが少し
晴れやかに、、いさんで帰路へ、、しかし足が動かん。。
大原が近づき、井の頭通りへ、、代田橋(和田堀給水所前)
で、休憩。。
あとは、ひたすら歩き。
家に到着約22時。
心は、なぜか達成感!!(なんだ??)
体は、今もぼろぼろ。。
何キロだろう、、寄り道は??だが、片道18K
往復36Kは、ある。
たぶん、40Kを超えた道のりだったと思う。
今は、、体が足が、全く動かない状態。
最後に付け加えると、
歩いた格好は、シャツ(袖無し)
と短パン、素足に草履と軽装過ぎる格好。。
いつもだが、無謀な遠出だったと。。
3つ思うことがあった。
1つは、上から目線。街内や住宅街を歩いても
視界は狭いだが、ちょっと丘の上や高台になると
景色は、広がる。
見渡して、視界が広がった方が、良い判断が
出来るはず。何でも視界は広い方が良いなっ。
2つめは、人それぞれ限界も違う、やれることも
違う、他人事で想像で話せても、やってみないと
分からないことがある。
その人の立場でないと分からない。
その人の立場に近づく努力が必要じゃないかなっ。
または、やる事かな!
3つめは、人の役に立つこと、人を明るくすること
これを発する事が大切だと。
(自らの目線や立場に苛まれても、何も生まれないかも)
歩くという、単調な時間です。
が、歩きながら色んな事を考えたり、感じたりします。
よかったと思う。。
この時期を多摩川は、バーベキューや若者、家族連れを
問わず、盛り上がっている。
多摩川駅側は、音楽もガンガン鳴っていて、盛り上がりが
すごい。
こちら側(二子玉)は、騒がしさは無いのでほっとのんびり。
川の中を覗くと、鯉か鮒か?ですが結構大きな
魚が居ます。
で、、、一寝入り。。Zzzzzzzzzzzz

1時間くらい寝ただろうかーーー

今何時だろう18時・・・・・
どうやって戻ろうかなっ。このまま足が戻るまで
居るかっなどなど、、のんきなもんだっ。。
18時半、意を決して「歩いて戻ろう」
どれくらいかな?3時間くらいだろう。足がもつかな~
いやいや、他に方法が無いと思えば、何とかなるさっ。。
但し、寄り道は出来ない、最短距離を出来るだけ。。
北東を目指せばっねっ。まずは、用賀方向(3Kとあったので
歩測すると、30分。ん~10分1Kかっ。
このペースだと、22時くらいには・・・着くかなっ。。
環八へ出て用賀駅ビル(SUN)を右に見て、それより北東へ進む。
気がつくと、来た道馬事公苑横へ・・・、
さらに、東へ・・・玉川通りから世田谷通りへ、、何となく道は分かってきた
が、足が限界。。日も暮れて夜道だけど、、止まって休憩しても変な人
なので、公園見つけては休憩。
松丘公園・・・?
で、足洗い、、真っ暗なので街灯が照らす木を撮影。
足の限界が・・何か悔しさがこみ上げる!でも、何とかなるっしょ!
てくてく歩き出し、弦巻から世田谷通りへ、これで東急世田谷線沿い
に歩けば・・・でもまだ遙か北東です。やっと松蔭神社。
ここで5分ほど休憩して。。
松陰神社(しょういんじんじゃ)とは、江戸時代 末(幕末 )の思想家 ・教育者 で
ある吉田松陰 を祭神とする神社 である。松陰の墓所がある東京都 世田谷区
と、松陰の生誕地である山口県 萩市 にある。どちらも、学問の神として崇敬
を受ける。
あとは、北へです。
のはずが、、、北東へ進んでたみたい。気がついたら環七で凄く東へ
逸れた感が強く、落ち込み。。
(今地図を見るとそれほどでも無かったですが。)
住所は、代田。!
環七沿い改めて代田と名の付く駅は3つある。
世田谷代田(小田急)・新代田(井の頭線)・代田橋(京王)
全部制覇しました。。
開き直って、何とかなるっしょ!
にて、あとは、精神との戦いでしたが、
帰り環七沿い21時すぎているのに開いていた
小さな花屋さん、、なぜか引き込まれる。。
新代田過ぎた辺りです。
入ると店の人が誰も出てこない??あれっ。。
しばらくすると初老のおじさん。
何にする?と今日初めて人と会話を交わす。
なにかほっとしました。
私「そうですね~何か小さな花で鉢がいいです」
おじさん「そうか外ものか」
私・・・・
おじさん「外ものは外だよ」
私「・・・・・」
おじさん「家ものはこの辺りだけど」
私 外ものって、外で栽培するものか、家ものって
家の中で・・・とやっと意味が分かり
私 「この辺りの花の無いものも、それぞれ葉の色が
違ってたり、素敵ですね。」
「もう少し、葉の少ないものありますか?」
おじさん 「こん辺りは?」
私 「明るい色の葉ですね~。中から少し葉の少ないものを
選び。このライムポトスくださ~い。」
おじさん 「はいよ」
「これは、水が乾いたら水をあげる感じで良いよっ。」
私 「では一週間に一度くらい?」
おじさん「そりゃだめだ、1週間に2or3度」
「ありがとう」「元気に育てね」
私 「ありがとうございした」
と何気ないふれあいで、和まされ、気持ちが少し
晴れやかに、、いさんで帰路へ、、しかし足が動かん。。
大原が近づき、井の頭通りへ、、代田橋(和田堀給水所前)
で、休憩。。
あとは、ひたすら歩き。
家に到着約22時。
心は、なぜか達成感!!(なんだ??)
体は、今もぼろぼろ。。
何キロだろう、、寄り道は??だが、片道18K
往復36Kは、ある。
たぶん、40Kを超えた道のりだったと思う。
今は、、体が足が、全く動かない状態。
最後に付け加えると、
歩いた格好は、シャツ(袖無し)
と短パン、素足に草履と軽装過ぎる格好。。
いつもだが、無謀な遠出だったと。。
3つ思うことがあった。
1つは、上から目線。街内や住宅街を歩いても
視界は狭いだが、ちょっと丘の上や高台になると
景色は、広がる。
見渡して、視界が広がった方が、良い判断が
出来るはず。何でも視界は広い方が良いなっ。
2つめは、人それぞれ限界も違う、やれることも
違う、他人事で想像で話せても、やってみないと
分からないことがある。
その人の立場でないと分からない。
その人の立場に近づく努力が必要じゃないかなっ。
または、やる事かな!
3つめは、人の役に立つこと、人を明るくすること
これを発する事が大切だと。
(自らの目線や立場に苛まれても、何も生まれないかも)
歩くという、単調な時間です。
が、歩きながら色んな事を考えたり、感じたりします。
よかったと思う。。