先週の10月17日に大阪・中之島の
「第6回がんばろう関西マッチングフェア」という
イベントに顔を出してきました。
https://www.facebook.com/events/425939117518879/

そして、シータヒーラー®の安宮正敏さんと
1年ぶりに再会し、シータヒーリング®本拠地のアイダホでの
創始者によるセミナーの様子も含めて
色々と話をしました。
http://www.roots-create.com/

最近はシータヒーリング®の実践会にも行っておらず
数か月ぶりにセッションを受けたのですが、
自分の魂の学び方に関わる思考パターンが判明。



それは「まず物事の悪い部分を見てから
物事の良い部分が分かる」という思考パターンで
物事の悪い部分を経由しないと良い部分が分からないという
生き辛さが自然発生するものでした(汗

この思考パターンは思考の核(前頭葉)レベル、
遺伝的レベル、歴史的(過去世・集合意識)レベル、
魂レベルの全てに入っており、
思考パターン・感覚・感情の方向性を
「物事の良い部分だけを見ながら成長できる」と
「私は最高最善の学び方をすることができる」の二つに
変えてもらいました。



この時点で上辺は方向性が変わったけど
更に深い部分は掘り下げが必要と言われたので
後日自分で続きをやりました。

土台はそれをすることで「愛の力が感じられる」という
メリットを深層心理で思い込んでいたみたいで
自分でもとても驚きました。。。

昔から前向きに生きる意欲はあっても
周りとの関係で不遇を感じることが多くて
そこから無力感や絶望感、虚無感を感じる状況を
無意識に繰り返していたのですが、
その原因の一つが明確に分かってよかったです。
10月6日(日)の癒しスタジアムin大阪・天満橋で
ドルフィンスターテンプルの
ミニセッション(10分)を久々に受けました。
http://dstjapan.com/

ブース前でスタッフの男の子からチラシをもらって
シータヒーリングを習う前の2006年ぐらいから
イベントでセッションを時々受けたり
瞑想会に参加したりしていたことを含めて
色々と話をしました。



ここでのセッションは

1. リーディング(超感覚を活用した情報読み取り)
2. 契約解除(パターン化された思考・感情などの変容)
3. ヒーリング(自然治癒力を引き出す)

が基本となるのですが、
シータヒーリングを2007年に習った時に
この手順を知っていたことがとても役立ちました。



今回やってもらったのが
異性に対するブロックを取ってもらうことでしたが、
寺院の聖職者だった過去世(前世)からの
影響が判明しました。

その過去世において結んだ契約が
「寺院の聖職者として生きるためには
異性との関わりや異性への感情を捨てなければ
聖職者として生きていけない」で、
ハートチャクラに超高密度の黒い塊となって
存在していたためエネルギー的に解除。

するとハートチャクラにエネルギーが流れ始めて
顔色が良くなったとヒーラーの方に言ってもらいました。



自分が相手にヒーリングセッションをやることに
躊躇していたのは、そういうことをやると
恋愛が一切できなくなる条件が発動するためということも
プラスアルファの情報として教えてもらいました。

そして寺院の聖職者だった過去世の人物は
神聖な次元にある癒しの宮殿で
2013年12月12日まで休息してもらうことになり、
自分へのギフトとして“観葉植物”を
アカシックレコード(生命のあらゆる歴史の記録堂)から
与えられたところでミニセッションは終了。



このセッションを受けて以降は
恋愛やパートナーシップに関するセルフヒーリングが
やりやすくなった感じが出ています。

ドルフィンスターテンプルは
天使・アセンデットマスター(キリストなど)や
別の惑星の神聖な存在などと共に
神聖な場を設定した上で
自分らしさを阻むエネルギーを解除していくので
僕の中では相性が良いところの一つだと思っています。
自分を犠牲にして幸せな家系にするというパターンから
掘り下げを行なったところ、
「愛に関心を向けないと人生が良くなる」という
思考パターンの土台にたどり着きました。

途中には江戸時代の日本人女性らしき姿も見えて
「愛欲で人生に失敗した」というのが出て、
それを“すべてなるものの創造主”に
最高最善に変化してもらった時に
ふと出てきたフレーズが上記のものでした。

そして、“すべてなるものの創造主”から
提示された以下の真なる感覚・感情をダウンロード。

・愛に関心を向けないと人生が
 良くなることなく生きる/暮らす
・愛に関心が向かいながら人生が良くなる
・愛に関心が向かいながら既に人生が良くなっている

・自分を愛することで幸せな家系として繁栄する
・愛に関心が向かっても安全・安心だ
・愛に関心が向かうことで結果的に
 幸せで豊かで自由な家系として繁栄する

・愛に関心が向かうのは異常だと思うことなく
 生きる/暮らす
・愛に関心が向かうのは人間の正常な機能だ   .etc



最近は恋愛/パートナーシップ/結婚を切り口とした
掘り下げや真なる感覚・感情のダウンロードを
時々やっているのですが、
霊的なものにトリガーされていたのが
少しずつ減ってきている感じはしています。

それでも自分に嘘をつき続けて
絶対に見ないようにしてきた部分だったので、
現実問題も相まって感情の浮き沈みも当然出てきて
本当に溜まりに溜まっていたのだなぁと。。
9月26日はハローライフという若者就労支援などの
仕事に関する情報発信場に行ってきました。
http://hellolife.jp/

今年6月末にインターネットで偶然見つけて
おしゃれなカフェのような場所で
仕事観や職業観と向き合う機会が色々あるという
コンセプトが大変気に入って
1~2週間に一度の割合でイベントに参加していました。

今回はスタッフの方と話をして
今まで恋愛を全否定することで人生の様々な分野に
悪影響が出ていたことに気がついたことも正直に話して
客観的な意見を得ることができました。

過去はIT系の派遣社員(評価業務・ヘルプデスク)や
データ入力のバイト、公的レベルの就労支援など
色んな職場を転々とし、仕事が休みの時は
スピリチュアル系イベント参加(シータ関係が最多)という
生活パターンを繰り返してきて
それ以外については知らないことだらけでした。

ここでは各業界での仕事(社会起業含む)で
活躍中の方々の話を聞いたり
参加者と一緒にワールドカフェ方式で話し合いをしたりと、
スピリチュアル系に偏った社会参加から
一旦離れて違った観点での取り組みをしてみました。

スタッフは20代の方が中心で
気さくに話をしながら「人生の作戦会議をする」感じなので
そういったスタンスも良いなぁと思っています。
父親の体調が少し思わしくない感じで
心配になって話をしました。

ガラの悪さのイメージに囚われて
まともに話ができない部分も色々とあったけど、
夫婦仲がそんなに良くなくても離婚はしなかったし
家族のために頑張っていてくれたことも
今の自分としてきちんと聞くことができました。



僕が幼稚園児の時に家族の会話を録音した
カセットテープがある時に見つかって
父親と一緒にテレビを見ながら
楽しそうに話をしていたことを伝えると
向こうは覚えていなかったけど
自分の方がなぜか涙が出そうになりました。

お互いに潜在意識のどこかのレベルで
安心できる部分があったのか、
僕が話を聞いてくれたと
父親が喜んでいる感じが何となくしました。



しばらくしてから一人で
父親との関係について思いを馳せていた時に
涙が止まらなくなりました。

家庭内では激しい感情が交錯していたけど
なんだかんだ言っても
一人の人間として育ててくれた記憶を思い出して
光が当たりだしたのかもしれません。

あとはその光を受け入れる領域が
広がっていくようにする必要がありますね。



実はシータヒーリングを習った2007年に
練習会が秋に大阪で開催された時に
参加者全員が父親について
超感覚でのリーディングをしてくれたのですが、
結構な割合で「父親の寂しさ」という
キーワードが出てきました。

その当時は自分の長年降り積もった
殺気立った感情の癒しが始まったころで
ガラの悪さは自分の弱さを隠すための防御反応の役割も
あることを感情的には納得できませんでした。

なので、「あんなガラの悪い父親が
寂しさを抱えているなんて嘘だろう?」という
気持ちの方が強かったです。

それから何年も経って
この部分に向き合えるようになるまでは
本当に長い長い道のりだったなぁと思います。。
恋愛そのものを全否定してきた子供時代からの課題が
8月末ぐらいから浮上してきています。

幼い頃からテレビで恋愛アニメや
恋愛関係の話題が出てくると
なぜか分からないけど激しい嫌悪感がありました。

小学生の時に男性お笑いコンビが司会を務めた
人気合コン番組を初めて見た瞬間に
番組の雰囲気(セットデザインも含む)から判断して
「恋愛は絶対ダメなもの!」と
本気の本気で思い込む出来事がありました。



そこから恋愛に関しては
自ら意識してシャットアウトしてきて
人生を歩んできたので
世の中の恋愛コンテンツを見聞きした瞬間から
条件反射のように全否定が始まっていました(汗)。

男女の恋、男女の愛に
強烈な偏見を持っていたのが当たり前で
今思えば半端ないぐらいエネルギー消耗をしていました。

ただ、恋愛を全否定する割には
高校や大学の友達から恋愛相談をされたことはあって
何とも不思議な感じはしていました。



自分が一番好きなものは音楽ですが、
ラブソングの歌詞に対して
苛立ちを覚えていたこともありました(苦笑)。

ラブソングの歌詞は横に置いて
サウンド、アレンジだけで好きになって
歌詞で好きだったのはメッセージ性が強いものが
多かった気がします。

<自分が好きだったメッセージ性が強い歌詞>
・大黒摩季「FIRE」
http://www.utamap.com/showkasi.php?surl=57234

・ZARD「I'm in love」
http://www.utamap.com/showkasi.php?surl=56004

両方ともアルバム収録曲だけど
それぞれロックな感じで一度聞いて気に入って
青春時代の辛い時期に聞いていました。



ちなみに両親は子供時代は常日頃から
サイキック戦争みたいなことをしている感じだったので
パートナーシップに関しても
良いイメージを抱いたことはありません。

ただ、これだけ地球も変化してきて
ひた隠しにしていた部分が浮かび上がってきたのか、
できる範囲でそれと向き合い始めています。
豊かさについての課題が浮上してきて
思考の掘り下げをすると
「豊かさを裏切ると家族に受け入れられる」という
思考パターンにたどり着きました。

社会との関わりで苦しい思いがあって
家族に受け入れられていないという思考パターンが
かなりの影響を及ぼしていたのだと
あらためて気づかされることになりました。



僕が生まれたのは昭和54年で
いわゆる昭和末期~平成初期のバブル経済で
日本での物質的繁栄を
小学生の頃に経験して育ちました。

ただ、その時にテレビのCMか何かで
お祝いごとの松竹梅のような飾り付けを見て
拒絶の感情が出てきたのをはっきりと覚えていて
物質的繁栄を嫌がっていた気持ちは
どこかありました。

心がどこかのレベルで満たされていない人々が
新興宗教へ入信することをテレビで知り、
「物質より心が大事だと思わなければならない」という
思考パターンなどの影響をいつの間にか
受けていた可能性もあります。



なので、物質的繁栄の中に居ながらも
心のみ大事と考える精神状態の子どもで
それが金融・経済・お金の全否定につながって
自分が元々持っていた(エネルギーレベルでの)豊かさを
裏切る結果となっていました。

家族に受け入れられることについても
アンバランスな感情を感じやすくなるような
出来事が色々あったので、
「豊かさを裏切る」と「家族に受け入れられる」が
結びつくような記憶を自分で作り出していたと思います。



豊かさといっても色んな豊かさがありますが、
今回の思考の掘り下げでは
物質的なものに焦点が当たりました。

すべてなるものの創造主における
(真なる)感覚・感情のダウンロードは
「“豊かさを裏切ると家族に受け入れられる”ことなく
(日々を)生きる/暮らす」を行ないました。

あとはどんなものをダウンロードしたか
あまり覚えていないというか、
思考パターンに気がついた時点で楽になったので
その気づき自体で変容したのだと思います。
7月に入ってからシータヒーリング®仲間と
話をする機会があった時に
霊能力と自分の人生や幸せを引き換えにする思考パターンを
初めて見つけてもらいました。

その思考パターンが出来た経緯を
潜在意識(深層心理)で辿っていくと
1300年以上前の母方の女性のご先祖様が出ました。

そのご先祖様は家系の断絶による苦労があって
世継ぎの子を産むために
霊能力者へ藁もすがる思いで訪ねて
神懸かり的な方法で人間とコンタクトを取る神と
エネルギーレベルで契約したようでした。

神懸かりはスピリチュアル用語では
チャネリングともいいますが、神懸かり系の神霊は
潜在意識の暴走(例:神の名を騙った怪しげな言動)に
つながりやすいので注意が必要な意識体です。



母の人生は強烈な薄幸のパターンが
現実化していたのですが、
母方の女性のご先祖様の人生のパターンと
あまりにも同じすぎて驚きを強烈に感じました。

霊能力と自分の人生や幸せを引き換えにする思考パターンが
あるのだから、それでは何をどうやっても
決して越えられない壁があって
良くなるはずがないというところが判明しただけでも
自分の中では飛躍的前進だと思っています。

シータヒーリング®仲間からは
“すべてなるものの創造主”における
「愛」に関する感覚・感情で自分やご先祖様を
十分に満たすようアドバイスを受けました。

“すべてなるものの創造主”から
一番最初に提案されたのが
「純粋な心で心の底から愛される」という感覚・感情で、
これを取っ掛かりにできる範囲で実行中です。
毎日のように感覚・感情に
色々な変化が出てきていますが、
以前のようにスピリチュアル系一辺倒は
卒業すると思います。

ビジネス(事業)的手法で社会の諸問題を解決する
社会起業系の事柄が気になってきて
心理的にバランスを取ろうとしているのかもしれません。

大学時代に学生ポータルサイトを
運営する中で知り合った(他大学の)学生が
現在では社会起業系のNPO法人で大活躍しているのを
6月末ぐらいからインターネットで知って
もしかしたら自分もその方向性の方が近いのではないかと
考えるようになりました。

すぐにNPO法人で働くとか
そういう意味ではないけれども
社会起業系に関する情報には
意識を向ける割合は格段に増えてきています。
シータヒーリング®のゲームオブライフセミナーを
受講してから、精神面で色々と変化が出てきています。

今回のゲームオブライフセミナーで
一番大きな思考パターンが3日目に見つかったのですが、
それは以下の内容でした。

主訴:受け取る以上に与えなければならない
     ↓
土台:前世でのカルマを全て解消するためには
    自分が不快になる学びを魂に
    刻み続けなければならない

これが見つかっただけでも大収穫で
自身のエネルギーが別の方向に向き始めて
スピリチュアル系に傾倒しがちだったパターンから
抜けていくような感じがしています。



最近ではスピリチュアル系(精神世界系)にある
閉鎖的カルチャーの枠組みでしか
物を語れない精神性に違和感を覚えだして
そこから抜け出したいと考えています。

聞こえの良い言葉で貢献精神を謳っていても
結局は個人事だけに終始して
社会性・公共性への広がりが本当にあるのかどうか
甚だ疑問に感じていたからです。

学生時代は大学のポータルサイトを運営して
それを通じて知り合った学生団体や
学生・社会人との交流を色々としていたのですが、
試行錯誤しながらも社会との関わりを
積極的に行なおうという意識を持つ人と接する機会があって
その経験で培った感覚・感情を
思い出そうとしているのかもしれません。



最近はスピリチュアル系に傾倒しすぎて
社会起業系に関する知識やスキル、人脈、実績が
物理次元で皆無に等しく、なぜそれらを
充実させなかったのかという後悔や悔しさを
感じている自分に気がつきました。

数年前の自分だったら
そんな気持ちを抱くとは予想していなかったので
今年は本当に「新しい変化」の年のようです。