奥の院
弘法大師の御廟と灯籠堂がある(世界遺産)。
参道には、皇室、公家、大名などの墓や祈念碑、慰霊碑の数々が樹齢千年を超える杉木立の中に立ち並び、その総数は正確には把握できないものの、20万基以上はあると言われている。戦国大名の6割以上の墓所がある。
奥の院の入り口は一の橋と中の橋の2箇所があるが、正式には一の橋から参拝する。一の橋から御廟までは約2kmの道のりとなっている。
奥の院:一の橋
奥の院:中の橋
地図で見る限りでも、有名な戦国武将の墓や供養塔、、文学碑など是非とも歩きたい道のりでしたが・・・
気が付けば時間はもう15時、、
残念ながら一の橋から中の橋はバイク移動だった。。
のだが、
中の橋から弘法大師御廟までの道にも数々のお墓や供養等がありビックリ
、、大手企業の物はトレードマークや社業をモチーフにしたものが多く、何ともユニークな墓碑だった。。
御廟に近づくにつれて、有名な戦国武将(織田信長・豊臣家・越前松平家・etc)や著名人(親鸞聖人・法然上人・松尾芭蕉・etc)のお墓や供養等が増えていった・・・
杉木立の奥、この先に弘法大師の御廟、燈篭堂がある。。もちろん撮影禁止
人が疎らにいる静かな森を歩いてきた気がしていたのだが、御廟の前には凄い数の人・・・
ココから先は実際に行った方が良いですね。。

頌徳殿:茶所
最後に休憩所で一休み
大正時代の建物だとか、、ここまで立派な休憩所は初めてだったな
死の世界との境界線と言われる「奥の院」・・・不思議なもので、これだけの数のお墓を前にしても不安は無く、居心地も悪くならない、、むしろ澄んだ空気と、ピリっとした緊張感が心地良かった。。
弘法大師の御かげ?? 千年杉の加護??
よくは解らないが、少しだけ自分の気持ちに変化はあった・・・
それだけでも来て良かったと思える![]()
最後の最後に・・・
大門
一山の総門。。開創当時は現在の地より少し下った九十九折谷に鳥居を建て、それを総門としていた
現在の位置に移された時期は、永治元年(1141)といわれ、その際、鳥居から門の形式に変更される
寛喜2年(1230)には五間二階の楼門に改められたと記録されている。。
大門の仁王像(金剛力士立像)
さて、、時刻は17時過ぎ・・・名残惜しいが京都に帰ろう
いつか、また来よう![]()
番外、、
下山途中にあった
花坂不動尊
ココで i-phone の電池が尽きたのは今は思い出・・・![]()
iPhoneからの投稿





























でも本堂横の庭園も手入れされていて綺麗だった

















残念だ・・・






一体幾人の方がこの地で修練されたのか・・・