京都気ままに旅ブログ -36ページ目

京都気ままに旅ブログ

思い立ったらバイクでGO!! ~倒れる時は前のめり~

最後に訪れたのは、、

奥の院

弘法大師の御廟と灯籠堂がある(世界遺産)。

参道には、皇室、公家、大名などの墓や祈念碑、慰霊碑の数々が樹齢千年を超える杉木立の中に立ち並び、その総数は正確には把握できないものの、20万基以上はあると言われている。戦国大名の6割以上の墓所がある。

奥の院の入り口は一の橋と中の橋の2箇所があるが、正式には一の橋から参拝する。一の橋から御廟までは約2kmの道のりとなっている。
photo:01

奥の院:一の橋

photo:02

奥の院:中の橋


地図で見る限りでも、有名な戦国武将の墓や供養塔、、文学碑など是非とも歩きたい道のりでしたが・・・

気が付けば時間はもう15時、、ぎょーん 残念ながら一の橋から中の橋はバイク移動だった。。ガックリ・・・のだが、

中の橋から弘法大師御廟までの道にも数々のお墓や供養等がありビックリビックリ、、大手企業の物はトレードマークや社業をモチーフにしたものが多く、何ともユニークな墓碑だった。。

御廟に近づくにつれて、有名な戦国武将(織田信長・豊臣家・越前松平家・etc)や著名人(親鸞聖人・法然上人・松尾芭蕉・etc)のお墓や供養等が増えていった・・・

photo:03

杉木立の奥、この先に弘法大師の御廟、燈篭堂がある。。もちろん撮影禁止だめ


人が疎らにいる静かな森を歩いてきた気がしていたのだが、御廟の前には凄い数の人・・・


ココから先は実際に行った方が良いですね。。




photo:05
photo:06

頌徳殿:茶所

最後に休憩所で一休みカップ 大正時代の建物だとか、、ここまで立派な休憩所は初めてだったな顔


死の世界との境界線と言われる「奥の院」・・・不思議なもので、これだけの数のお墓を前にしても不安は無く、居心地も悪くならない、、むしろ澄んだ空気と、ピリっとした緊張感が心地良かった。。

弘法大師の御かげ?? 千年杉の加護??

よくは解らないが、少しだけ自分の気持ちに変化はあった・・・

それだけでも来て良かったと思えるgood

photo:07

最後の最後に・・・

大門
一山の総門。。
開創当時は現在の地より少し下った九十九折谷に鳥居を建て、それを総門としていた

現在の位置に移された時期は、永治元年(1141)といわれ、その際、鳥居から門の形式に変更される

寛喜2年(1230)には五間二階の楼門に改められたと記録されている。。

photo:09 photo:08

大門の仁王像(金剛力士立像)

奈良の東大寺南大門の仁王像に次ぐ、国内二番目の巨像
photo:10

さて、、時刻は17時過ぎ・・・名残惜しいが京都に帰ろうエストレヤ☆レッド


いつか、また来ようパー


番外、、

photo:11

下山途中にあった山②花坂不動尊

photo:12


ココで i-phone の電池が尽きたのは今は思い出・・・・・・フッ




iPhoneからの投稿

それにしても高野山は広い、、それもそのはず山内の寺院の数は117寺に及ぶらしい。。

何処から周れば良いものか分からないので観光案内所で貰った地図を頼りにエストレヤ☆レッド進む・・・

先ずは、、
photo:01

別格本山 南院浪切不動尊

本尊:不動明王 

全国にある浪切不動の総本家 当初は伽藍山王院に安置されていたが、その後南院に移座された。


浪切不動・・・お大師さまが船で唐から日本に帰朝された際に嵐に遭われ、一心にご祈祷されたところこのお不動様がお現れになりました。

お不動様は手にお持ちになっていらっしゃる剣にて、荒海へばっさり振り落としたところ、不思議とその部分だけ波が静まり、無事に航海することができたそうです。。


どうやらコノお不動さんのおかげで弘法大師は無事に唐から戻れたみたいですね、、愛染明王共々、密教を語る上では外せない訳です。。

photo:02

本堂に入ると・・・ん??
photo:03

天井には大きな龍が、、コレには驚いたビックリ 鳴龍というらしく、目の下で手を叩くと鳴くのだそうだ・・・

手を叩いてみると、どこからか私を呼ぶ声が・・・
photo:04

「呼びました?? 少しだけ撫でて良いですか??」 
photo:05

ゴメンナサイかお


表門から境内が一望できるのが気持ち良かったり、人々の笑い声が聞こえたり、、ネコがゴロ~ンっとしていたり・・・

開けっ広げで何だかホッとするお不動さんでした。。



続いて、、

photo:06

女人堂

昔、高野山には七つの登り口があり、高野七口と呼ばれていた。明治5年(1872年)に女人禁制が解かれるまで、女性の立ち入りが厳しく制限され、そのため各登り口に女性のための参籠所が設けられ女人堂と呼ばれた。 唯一現存する女人堂。。

photo:07

女人堂から高野山に向かう道、、綺麗な景色がどこまでも続いているなぁ・・・



勿論ココにも、、

photo:08

別格本山 金剛三昧院
本尊:愛染明王

建暦元年(1211年)、北条政子の発願により源頼朝菩提のために禅定院として創建される

承久元年(1219年)、源実朝菩提のために禅定院を改築して金剛三昧院と改称し、以後将軍家の菩提寺として信仰された。

photo:09

山門より入って先ず見えるのが、、樹齢400年とも言われる・・・

六本杉:別名 毘張杉

根元を見ると3本の木のように見え、上に行くと6本に分かれていることから、こう呼ばれる。

毘張杉とは、当院の守り神である毘張尊師と呼ばれる天狗様がこの杉の木に舞い降りてきたことに由来する。

photo:10

残念ながら本坊は修復中の為、参れず・・・
photo:11
大シャクナゲが有名だが今は10月、、ガックリ・・・ でも本堂横の庭園も手入れされていて綺麗だったgood
photo:12
そして、、、
photo:13

国宝:多宝塔

高野山で現在残っている、最も古い建立物。日本で二番目に古い多宝塔。

北条政子が源頼朝の逝去に伴い創建した禅定院の規模を拡大し、金剛三昧院と改めたときに造営することになったもの


約800年も経つ今でも残る朱色と白、、深々と広がる杉並木に合わさって何とも雄大でした。。



まだまだ行きますかエストレヤ☆レッド




iPhoneからの投稿

次に参拝したのは、、
photo:01

高野山大師教会

高野山真言宗の布教、御詠歌、宗教舞踊等の総本部で、各種研修会や講習会が開催されている。。

大講堂は1925年(大正14年)高野山開創1100年記念として建立

本尊には弘法大師、脇仏に愛染明王と不動明王が奉安されている。

photo:02

大講堂:この奥の授戒堂にてお授戒を受けました。。


授戒:「菩薩十善戒」と呼ばれる日々の生活の信条ともいうべき十箇条の戒めを授けていただく。。


凄く難しいイメージはありましたが、折角なので参列・・・

真っ暗なお堂の中での法話・真言は神秘的な感じ、「ある上人のお話・・・」を聞く頃には、あたたかな気持ちになっていました。とても穏やかで、しっかりした阿闍梨様の声は心地良かった。。


最後に、菩薩戒牒いただきました祈



ココも高野山を訪ねたら来たいと思っていた、、

photo:03

壇上伽藍(壇場伽藍)

高野山二大聖地の一つ。空海(弘法大師)が真言密教の根本道場として建立

高野山が開創された折、真っ先に整備へ着手した場所で、〈胎蔵曼荼羅〉の世界を表しているといわれている。


蛇腹路より参拝・・・ドキドキした顔

photo:04
東塔:尊勝仏頂尊が本尊として奉安され、不動明王、降三世明王の二体も脇侍として祀られる
photo:05
見事な紫色の塔と紅葉もみじ
photo:06

手前:大会堂・・・本尊は阿弥陀如来が奉安され、脇侍として観世音菩薩、勢至菩薩が祀られている

奥:愛染堂・・・不断愛染護摩供や長日談義を修する目的で建立された。本尊は愛染明王で、後醍醐天皇の御等身といわれる
photo:07

不動堂(国宝):不動明王を本尊とし、八大童子が奉安された。この八大童子は運慶の作として有名で、現在は霊宝館に収められている
photo:08
青い空に朱色の塔、、近づくに連れてテンションが上がる・・・顔
photo:09

根本大塔:大師・真然の二代を費やして887年完成した、真言密教の根本道場におけるシンボル。

本尊は胎蔵大日如来、周りには金剛界の四仏が取り囲み、16本の柱には堂本印象画伯の筆による十六大菩薩、四隅の壁には密教を伝えた八祖像が描かれ、堂内そのものが立体の曼荼羅として構成されている。

photo:10

大塔の鐘:日本で四番目に大きな鐘であったことから高野四郎と呼ばれる。
photo:11
木の重量感が伝わってくる・・・西塔:大塔の本尊が胎蔵大日如来であるのに対し、金剛界大日如来と胎蔵界四仏が奉安される
photo:12
地主の神を山王として礼拝する場所の意味がある・・・山王院:現在も重要行事や問答が行われる
photo:13

御社:高野山開創にあたり勧請した地主神の、丹生・高野両大明神と十二王子・百二十伴神が祀られている



あぁ、、「三鈷の松」の写真が無い・・・うわぁ~ん残念だ・・・がーん

せめてエピソードだけでも、、

~弘法大師が唐より帰国される折、明州の浜より真言密教をひろめるにふさわしい場所を求めるため、日本へ向けて三鈷杵と呼ばれる法具を投げたところ、たちまち紫雲たなびき、雲に乗って日本へ向けて飛んで行きました。

後にお大師さまが高野近辺に訪れたところ、狩人から夜な夜な光を放つ松があるとのこと。

早速その松へ行ってみると、そこには唐より投げた三鈷杵が引っかかっており、お大師さまはこの地こそ密教をひろめるにふさわしい土地であると決心されたそうです。

その松は三鈷杵と同じく三葉の松であり、「三鈷の松」としてまつられるようになりました~


六角経蔵にて、、、

photo:14
お坊さん方とご一緒に参る。。
photo:15
更にご一緒に・・・お願い
photo:16

金堂:高野山一山の総本堂で、年中行事の大半がここで勤修される。

本尊の阿閦如来と両界曼荼羅を修法する3壇をもつ密教の大堂

photo:17
秋の色に染まりかけの・・・蓮池
photo:18

手を叩いたら鯉がっビックリ



広い、広い、大伽藍京都 一体幾人の方がこの地で修練されたのか・・・

その歴史に少しだけ触れた気がした・・・


高野山めぐりは、まだ続くエストレヤ☆レッド






iPhoneからの投稿