いや、むしろ今の韓国には…手を差し伸べる包容力ではなく、敢えて何もしない(慈悲をかけるのを諦める)方が韓国のためのような気がするんだが
アメバニュースにも書いたが、韓国は「仏の顔も三度」という諺を知るべきかと
てか、仏の顔も三度「まで」と言いたくなるが、諺では「まで」はないんですな
仏の顔も三度の正確な言葉は…「仏様の顔も三度も撫でれば腹立つる」
温厚で滅多に怒らない人も、無法無体を繰り返してたら流石に怒り出すという意味です
なので、三回目はありません
なので「三度まで」では、もう怒ってますからww
ま、三回目でも4回目でも同じかもしれませんな。反省してないって意味では…
そこまで反省して無いなら仏罰食らえばいいよ、そんなのはw
さて、向こう(ニュース)の方でも書いたのですが
この諺、由来まで遡ると結構ややこしいんですな。これが
この語源に関する話があるようで…それがコレ
大雑把に言うと…
お釈迦様が生まれた釈迦国の横にコーサラって国があった
そこの国の王が、釈迦国の姫を迎えたいと申し出が。でも何でも武力で物を言わせるコーサラを快く思ってない釈迦国の王は、ある富豪が身分の低い女性に産ませた娘を、素性を偽ってコーサラに嫁がせた
そしてその娘が子を産み、その王子がひょんな事から出生の秘密を知ってしまい、王位を継いだ後に恨みに思う釈迦国を滅ぼそうと兵を出すわけです
それを聞いたお釈迦様は、釈迦国へと続く一本道にある枯れ木の下に座禅して兵を待つんですな
王は「お釈迦様、他に繁った木があるのに何故枯れた木の下にお座りです?」と尋ねる訳で
するとお釈迦様は「王よ、枯れ木でも親族の木陰は涼しいものである」と答え、自分が釈迦国の生まれである事を暗に伝えるんだわ
昔からの言い伝えに【遠征の時に僧に会ったなら兵を撤退させよ】というものがあり、王はそれに従って兵を撤退させるんだ、これが
というか、意外に信心深いな。王様w
でも、腹の虫は収まらないんでまた出兵させては、お釈迦様を見つけて撤退を繰り返す訳だ
てか、そのまま突っ込まない王は信心深すぎるわ、うん(・∀・)
でな、お釈迦様も釈迦国のやらかしたある因縁(身分の低い女性の子を素性を偽って嫁がせた事など)を悟って、4回目は兵を阻止しなかったんで…釈迦国はコーサラに滅ぼされるんだな
しかしだ、7日後に恨みを晴らしたコーサラ王も、川を遊行していた際に暴風雨に襲われて、多くの兵と共に命を落とし、宮殿も雷で焼かれましたって展開
さて、お釈迦様が4回目で悟った釈迦国のある因縁とは何か?
リンクさせているサイト様の方ではちゃんと書かれてますが…説明をば
・身分の低い女性に産ませた娘を素性を偽って嫁がせた事
・コーサラ王は、王子の時武術(弓術)を学ぶ為に釈迦国に留学している。その際に「身分が低い娘に生まれた子」として差別を受けた(出生の秘密を知った)訳で
もし、コーサラ国だけに非があるなら、お釈迦様も4回目も座禅して止めてたでしょうな
だが、そういう因縁を知り…止める事をしなかった
武力(暴力など)で物を言わすコーサラ国も悪いが…嘘をつき、その嘘が原因で人を差別をした釈迦国にも非があった
「全ては縁によって起こる」の理(ことわり)で…釈迦国は滅び、コーサラ王も恨みを恨みで返した対価で自分の命を失ったという訳ですじゃ
よくも悪くも…因果応報、という訳ですな
因果応報は「悪い事をすれば悪い事が~」がよく言われるけど、あれは「良い事をすれば良い事が~」という意味もあるんだな。だから良い事はして損は無いって事ですよ、ここチェックね
…さて本題、今の韓国に対して包容力が必要か?
正直な所、必要ないと思ってる
告げ口外交をしたり、千年恨みますと公式の場で宣言したり、国のトップとしてしていけないに等しい事をしている韓国大統領
相手と話をしなければ何の解決の糸口も得られないのに、対話に応じない上にこんな態度をしていては国際的信頼も失うだろう
まだ、日米韓会議でハングル語で話しかけた安倍さんのがパフォーマンスがあろうとも幾分かマシという(同じ言葉で話そうとする対話姿勢がある)謎
国のトップだけで国民は少しは違うだろう…と思ったら、そうでもない模様
日韓サッカー開催の時の問題の時しかり、ワールドサッカーの時の横断幕の時しかり、海外で(旭日旗)に似た模様なだけで批難の荒らし(嵐)しかり…
批難の荒らし(嵐)は、ソチのロシアのフィギュアの結果でもオリンピックの運営にやら挙句にはロシア大統領にアタックかけるなど色々やってるし…
もうあの国には、包容力よりも別のものが必要な気がするよ、ホント(´・ω・`)