タイトル重っ。

 

駐妻のブログの多くが、人生を楽しんでいるように見えるものが多いと思う。そりゃぁ、うらみ、つらみが書かれたブログなど誰も読みたくはなかろう。

 

何の問題もなく、楽しく過ごしてまーす、という駐妻ばかりかというと、そうではない。必死にもがいてる駐妻も多くいる。語学的なことやったり、クラスに馴染めず子どもが荒れていったり、はたまたありえへん奥さん連中がはびこる場所など、理由はなんであれ、なんとか今日を、なんとか明日をと思い生活している人もいる。

 

そんな中で、旦那だけを残して帰国することを選択する妻もいる。

これは、自分が壊れてしまうくらいなら、この今を断ち切ることで、今までの自分を取り戻そうという決断だ。潔い、と私は思う。

 

しかし、上手に溶け込んで楽しくやっている駐妻もいる、あの奥さんと比べたら、あそこの子と比べたら...... 帰国を選ぶことは、落ちこぼれという烙印をおされてしまうのでは、という不安もよぎったりするのだ。

 

実際、帰国を決断した彼女のことを落ちこぼれ感たっぷり漂うように運ぶ会話が、駐妻の井戸端会議で行われることかて、しょっちゅうある。

 

私の場合、日本に持家がないため、帰国を選ぶということは実家に帰るということになる。田舎や。子連れで田舎に戻り、地元の学校へ入れる。考えただけでややこしことがてんこもりや。つまり私には、はなっから帰国の選択肢はなかった。

 

正直、タイの最初の2年は危なかった。

 

激務の旦那。土曜はもともと午前出勤。激務の人間が午前で帰ってくるハズはない。日曜日、接待という名の殿方のリフレッシュレクリエーション、ゴルフが入る。私はこれを殿方たちの「談合」と呼んでいた。接待ちゃう。もう随分と顔見知りで何が接待や、と思っていた。

 

我が家においては、旦那というのはただの同居人。子育てには関われない。関わってくれと懇願しても、忙しいのわからんのかとキレられる、こんな日々が数か月続き、私爆発寸前。今思えば2人とも若かった。

 

私は「母親」としての覚悟を決めておらず、コーヒー1杯、飲みたい時間にゆっくりと飲みたいという、しょうもないがその時には叶わなかった願望があり、そんな余裕のない自分からは、たとえ激務であろうとも、自分の計画通りに仕事を捌けるその空間ですら、羨ましく思え、ただただ不公平だと思っていた。つまり、子供に関わっている時間は、自分の時間と思えない、というわけ。

 

コーヒーをゆっくり飲みたいという願望は激しく、1人早朝におき、豆をひく音で起きられては困ると、インスタントのコーヒーを。お湯を沸かす時間ももったいないと、マグカップに水を入れ、電子レンジで温める。チーンの音で起きられては元も子もない。あと2秒くらいのところで、電子レンジのドアを開ける。1人ベランダでコーヒーをほんの15分でいいからと必死で自分の時間を作っていた。

 

そんな日々にちょっと炒飯落とせばオニのようにアリが集まり、雨降りゃぁ停電、豪雨の後のシャワーは茶色などなど、平成の世からは程遠い未発達なものを目の当たりにすることにより、精神的には非常にすれすれを行っていたと思う。

 

そうしているうちに、コーヒーのためにすら朝、起きれなくなった。朝食が作れない。鉄分が足りないと思い込んでいた自分は、日本から「マスチゲン」を送ってもらい飲んでいたが、一向に回復せず。

 

あるとき、プチうつかもしれない、と言っていた女性ががこう言った。

 

友だちからね、本当にうつの時は、自分がうつだとは気づかないって聞いた。だから、自分でプチうつですねん、と公言してる人はうつやない、と。

 

そうして自分の状況に気が付いた。何とかせんといかん。

 

メイドがいる。掃除洗濯がおろそかになっても、子供を見てくれ。私が選んだのは、母親としての覚悟ではない、自分の時間を謳歌する方、やった。

 

こうして、タイの残りの生活をダンススタジオで踊り、やりたかったことが出来る時間を手に入れ、生き返った。

 

ここまで読んで、間違っているのでは、とお気づきの方もいらっしゃるであろう。

 

そう、この間違いは後に、再び危ない状況に追い込まれることとなるのである。

つづく。




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