もう11月も半ばになって、ああ~今年も後少しなんだなと最近しみじみと思います。



去年の今頃、娘の前の競泳のクラブのコーチが変わって、練習内容もクラブの雰囲気も随分変わり

「競泳一筋で行くんだったら、申し分ないクラブに変わったな」と感じたものです。

実際、それまでJOタイムがなかなか切れなかった子が、春JOでタイムを切ったり、たまに試合で会うと、つねに上位に名前が連なっている。



あの時、もし競泳一本にしていたら、娘もきっと競泳でもJOを狙えていたのかも知れません。

ただ、娘はシンクロも出来る環境として、そのクラブに移ったわけで、競泳バリバリになったクラブにはもう居辛いだけでした。



泳ぐだけタイムが伸びていた彼女にとっては、疲れるけれど充実感のあった時期だと思いますが、親としては、コーチの視線や、先々を考えるとこのまま居られるのかどうか、真剣に考えた時期でした。



おまけに、冬休み年末は31日までクラブに泊まり合宿、お正月明けは2日から5日まで合宿。ときた。

5日から7日までシンクロの合宿も入っていて、娘は年始1日だけ休んで、5日の夕方競泳から戻るとその足でシンクロの合宿とはしごをすることになりました。競泳クラブに迎えにいって、車の中で競泳のジャージからシンクロクラブのジャージに着替えて、高速飛ばして合宿会場に向かいました。



よく泣き言言わずに両方の合宿をこなしたと、親ばかかもしれませんが、こればかりは感心しています。

「ハンバーグが3日続いた・・・」と食べ物で不満を漏らしては居ましたが



結局、春JOの予選前に「シンクロで競泳を休むのは許さない」というコーチの話があって、すぐにそのクラブから、今のクラブに移籍してしまいました。

何ヶ月かでしたが、競泳もシンクロも手抜きすることなく両方に全力投球した、貴重な時期だったと思います。

今も競泳は通っていますが、彼女の気持ち的に「半分競泳は引退」という感じになっているので・・・・



今のクラブに移って、初めて一人で自転車で通うようになり、私も彼女の泳いでいる姿を観に行くこともほとんどなくなってしまいました。

今、こうやってあの頃を振り返って、久しぶりに彼女の泳いでいる姿を観たいな・・・と思います