妊婦さんの救急搬送が受け入れ拒否で

赤ちゃんは助かったけど、お母さんが

亡くなったり、意識不明だったりという

本当に悲しい事件が続いた後で

札幌で早産で未熟児で生まれた赤ちゃんが

NICUの満床を理由に受け入れ拒否をされて

なくなったという痛ましい出来事がニュースに流れました。







なんてむごい、痛ましい

人の命が軽んじらてているんだろう

そう思わずには居られないこの出来事

人の命は平等に扱われるべきなのに

しかるべき医療機関で無いと助けられなかった

この小さな命を思うと

本当に胸が痛みます





それは

私にとって決して人事では無い話だからかもしれません





いまでこそ

丸々と太り、元気な私ですが

私は今から42年前9ヶ月の早産で1500gで生まれました



母の実家のあった千葉の田舎の小さな産婦人科で

それはあっという間のお産だったと母は言います



3日目に激しい吐血

救急車で同じ県内にある

今も周産期センターを併設している

病院に搬送されました

途中、救急車がパンクして

祖母や祖父が酸素ボンベを抱え

看護婦さんが保育器を運び

タクシーに乗り換え、パトカーに先導されて

病院に向かったのですが



今から40年以上も前の

まだ医療水準も今より低い

当然NICUの施設も数えるほどしかない時代に

私はたくさんの人の手によって救ってもらいました





酸素の濃度の調節も難しかった

保育器の中に3ヶ月いた後退院しましたが

未熟児網膜症にならずに来れたこともラッキーでしたが

母の育児日記を読んだときに

まだ若かった母の

何もしてあげられない私への気持ちがつづられていて

娘を産んだときに、同じ思いだったのだなと

親の立場として共感したものです。



施設の少なさ、不便さは

40年前と現状は余り変わっていないのかもしれません





出生率がこんなに騒がれている時代

助かるべき命が、搬送を断られて亡くなって行く矛盾

今生きている目の前の命が

失われていくのをただ見ているしかない

その無念さ





もっと

子供を産めというのであれば

もっと生まれてきた子供たちの命が

きちんと守られる医療を充実させるべきだと思うのに

子供を生むことも、そして育てることも

どんどん手薄な医療になっていることを感じずに入られません







考えてみれば

私は不妊症外来に通っていたこともあり

妊娠中、ハイリスクではありませんでしたが

私の妊娠に携わってくれた何人かのお医者様の力添えがあって

ちょっと問題があるとすぐに入院をさせてくれたり

とても大事してもらいました。



大学病院に通っていたので

それこそ検診は一日がかりだったりしましたが

良い先生にめぐり合ったことで

結局難産のハイリスクにはなったものの

安心して出産できました







娘が2ヶ月で風邪をこじらせた時

なかなか受け入れてくれる病院がなかったときの

心細さ

年末だったのでなかなか病院が見つからず

やっと入院させた時、身体中を氷で冷やされて

紙のように白く何本もの点滴がつるされた娘を

忘れることは出来ません





これからの社会を担う

子供を産む妊婦や

その子供たちが一番おざなりになっている現状





今医療で何が本当に大切なのか

何が必要なのか・・・・



本当に考える時期なのかもしれませんね