スラれた内臓
「最悪だ・・・この世の終わりだ・・・」
電車内でスリに遭った僕は、交番に向かった。
「あのー・・・」
「はい」
書類を作成していた警官が顔を上げた。
「スリにあったんで、被害届を出しに来たんですけど」
「あー、そうですか。で、何をスラれました ?」
「終電で酔っ払って寝てたら、内臓を根こそぎ盗まれたんですよ・・・」
と言って僕は、コートの前を開き、パックリと口を開けたお腹を見せた。
「えー ! ! ! ・・・内臓を根こそぎ ! ! ! ・・・」
「はい・・・」
「なんで、生きてられるんですか ? ・・・内臓を根こそぎ盗まれてるのに」
「まあ、病は気からって言いますからね」
「気持ちでどうにかなるレベルじゃないでしょ」
「・・・でも、まあ、財布は盗られてなかったんで、不幸中の幸いですけどね」
「いやいや、不幸のど真ん中ですよ。内臓が一つも無いんですから・・・あなた、優先順位の付け方がおかしいんですよ。普通、内臓がダントツの一位ですよ。内臓に比べたら財布なんて、はるかに下の方ですよ」
「へー、時代は変わりましたね」
「いつの時代もそうですよ」
「なんか、凄くお腹が空いたんで、食べる物ないですか ?」
「お腹が空いたって・・・まあ、確かに空いてますけど、意味が違いますし・・・食べたって、ただ、体の中を通過するだけですよ」
「それにしても、犯人は、なんで内臓を盗んでいったんですかね ?」
「さあ・・・まあ、内臓が売買される事もあるって言いますからねえ・・・」
僕と警官が、そんな会話を交わしていると、スーツ姿の中年男性が、スーパーのレジ袋を手に交番に入って来た。
「あのー・・・」
「はい」
「落し物拾ったんですけど・・・」
そう言って、中年男性は、手にしていたレジ袋を警官に差し出した。
「これが落し物ですか ?」
警官は、それを受け取りながら聞いた。
「はい・・・内臓一式みたいなんですけど・・・」
「内臓一式 !!! ・・・」
「僕のですよ ! それ」
と言って僕は、そのレジ袋に手を伸ばした。
「ちょっと待ってください」
警官は、僕からレジ袋を遠ざけながら言った。
「どうしてですか ?」
「あなたは、内臓一式を落としたんじゃなくて、スラれたんでしょ」
「そりゃそうですけど、内臓一式の落し物なんて、僕の以外に考えられないでしょ」
「仮に、そうだとしても、落し物ですから、本人確認をしないと・・・」
「本人確認って言われても・・・あっ、そうだ ! 名前書いてますよ」
「名前 ? ・・・」
「ええ。小学校の時に、自分の持ち物全部に名前書かされたんで」
「内臓に名前 !?」
「ええ。内臓も自分の持ち物なんで、一応・・・」
「内臓に名前ねえ・・・」
警官は、納得できないような顔で、内臓を調べ始めた。
「あっ、本当だ。名前が書いてある」
内臓には、白いマジックで名前が書いてあった。
「あなたの名前は ?」
「田中一郎です」
と言って僕は、財布の中から免許証を取り出して見せた。
「確かに・・・あっ、分かった ! スリの犯人は、内臓を売り飛ばそうとして盗んだけど、名前が書いてあったから、足が付くと思って捨てて行ったんじゃないですか ?」
「ああ、なるほど・・・そうかもしれませんね」
「じゃあ、これは、お返しします」
警官が、レジ袋を僕に渡そうとした時、
「ちょっと待ってください」
中年男性が、それを制止した。
「なんですか ?」
「実は、私、外科医でして・・・」
「ああ・・・それで、内臓に対して抵抗が無かったんですね」
「さっき、内臓を確認した時、胃に、腫瘍らしい物を発見したんですよ」
「えっ !!! 腫瘍 !!? ・・・ガンですか ? 余命は何年ですか !?」
僕は、パニックになって外科医の男性に聞いた。
「余命って、内臓を根こそぎスラれた人が気にしますかね・・・本当なら、とっくに死んでるはずですよ」
警官が冷静に言った。
「まあまあ、落ち着いてください。私が、さっき見た感じでは初期段階だったんで、手術で腫瘍さえ取れば、100%治ると思いますよ」
「あー、良かったー !!!」
「良くないでしょ・・・内臓を根こそぎスラれてるのに・・・外科医としてどう思います ? この人、内臓を根こそぎスラれてるのに生きてるんですよ」
警官は、外科医に聞いた。
「まあ、病は気からって言いますからねえ・・・」
「お医者さんが、それ言います ?」
「早速なんですけど、ここで手術してもいいですか ?」
「えっ !!! ここで !? ・・・」
「ええ。簡単な手術なんで・・・丁度、今、往診の帰りで、簡単な手術道具なら持ってるんで・・・早い方がいいでしょ」
「えー・・・でも、僕、痛いの苦手なんですよね・・・」
「もう既に、お腹パックリ開いてますけど」
「麻酔は、かけてもらえるんですか ?」
「だから、お腹パックリンチョの時点で痛くないんだから、必要ないでしょ」
「じゃあ、手術始めてもいいですか ?」
「はい、お願いします」
こうして、患者本人に見守られながらの手術が始まった。
そして、あっという間に手術は終了した。
「手術は、無事、完了しましたよ」
「ありがとうございます」
「無事ではないですけどね」
「で、どうします ?」
外科医が、僕に聞いた。
「えっ ?」
「内臓」
「内臓 ?」
「このままにしておきます ?」
「ああ・・・」
「このままにしておけば、また、何か病気が見つかった時に、手術が簡単に済みますけど・・・」
「そうですねえ・・・でも、そうすると、常に、内臓をレジ袋に入れて持ち歩かなきゃいけないって事ですよね」
「そうなりますね」
「僕、手ぶらで歩きたい主義なんで、元に戻してもらっていいですか」
「そういう理由 !?」
「わかりました・・・あっ、そうだ ! ・・・もし、良かったら、内臓を戻した後のお腹にチャック付けときましょうか」
「えっ、チャック ?」
「ええ。今着ているフリースのチャックを切り取って、お腹に付けとけば、手術する時に、チャックを下ろすだけでいいから便利だし」
「ああ、それ、いいですね」
「いいのかよ」
外科医は、僕の望み通り、内臓を戻し、チャックを付けてくれた。
「なんか、さっきまで、凄くお腹が空いてたんですけど、やっと、満腹になりました」
僕は、チャックを付けてもらったお腹をさすりながら言った。
「だから、意味が違うって」
「そうだ、手術代を払わないと・・・いくらですか ? ・・・あっ、それに、内臓を拾ってもらったお礼も・・・」
「結構ですよ、凄く貴重な体験をさせていただいたんで・・・」
「いや、でも、そういうわけには・・・」
「いやいや、本当に。困った時はお互い様ですから・・・」
「困ってなかったと思いますけど」
「じゃあ、私はこれで・・・くれぐれも、お体を大切に」
そう言って、外科医は立ち去って行った。