日本の警察ってどうなんだろう | 宇宙人セグのオフィシャルブログ

日本の警察ってどうなんだろう

 愛知県長久手町の立てこもり発砲事件で、元暴力団組員、大林久人容疑者が逮捕された。監禁されていた元妻は自力で脱出し、民間人の被害はその女性と二人の子どもの怪我のみで最小で済んだ格好だが、現場の警備にあたっていたSAT隊員一名が流れ弾に当たり、尊い命が奪われたことは非常に残念である。
 さて、この事件だが、解決までに29時間という長時間を要したことと、最初に現場に駆けつけ銃撃を受けた木本明史巡査部長の救出までに5時間を要したこと、そして先述したSAT隊員が死亡したという点で、マスコミや元警察関係者から批判を受けている。
 しかし、我々宇宙人から見ると、犯人が無差別で銃撃を繰り返したり、意図的にSAT隊員を狙ったのであれば、措置が遅かったと言わざるをえないが、そうではなかった以上、今回の警察の対応は、一人の人命を奪われたことを除けば妥当ではなかったかと思われる…。

 元々、日本の警察は高い検挙率とその圧倒的権威から世界一の治安の良さを誇ったものであるが、どうもその名声も地に落ちた感がある。地域の住民どうしのつながりが希薄になり、それに伴う犯罪に対する自浄作用が低下した。つまり、昔はもめ事があっても、「まあまあ待たんかい。ここはワシの顔をたてて穏便に…。」といったオヤジが地域にいたからである。それが現在では、いつのまにかそんなオヤジがいなくなって、個人の感情の高ぶりだけで簡単に犯罪がおこなわれるようになった。凶悪犯罪の低年齢化もこの当たりが大きな要因であると思われる。国が成熟してきて、住宅事情の改善や個人のプライバシーの尊重っていうのは、一見すると聞こえは良いが、反面、犯罪行為に走りやすい環境を生む。それゆえ犯罪件数そのものが増加し、警察組織全体の人員不足も手伝って、現在の警察能力の限界が悪評の根底にあるわけだ…。

 こんな状況を解決する手段としては、警察官の増員と組織の拡充が不可欠だと思うのだが、公務員の利権・特権に厳しい目が向けられている昨今、簡単に組織拡大とはいかず(笑)、刑罰の厳罰化によって、犯罪そのものを押さえ込んでいこうという風が吹いている…。つまり、アメリカ型に徐々に近づいているのである。
 そういった風は如実に今回の立てこもり事件の事後報道にも表れていて、「なぜ早期に突入しなかったのか?」という声や、ひどい意見になると「家族の喧嘩で市民の安全を守る警察官を銃撃した犯人なんか早期に銃殺すべし!」というような警察OBの過激な意見もある。

 しかしながら、今回の事件でアメリカのような措置をとった方が良かったのか?という点については、いささか疑問である…。
 実際に、ことある毎に「犯人の射殺」を犯罪解決の手段として優先させてきたアメリカだが、銃による犯罪は決して減っていないからだ。
 銃による事件解決は、螺旋(らせん)的に新たな銃犯罪を生む…。そういった銃の螺旋が国中に蔓延し、現在では、わかっているだけでアメリカ国内に2億丁の拳銃が存在するに至っている…。未登録の銃を加えれば、3億丁を超え、全ての国民が銃を保持している計算になる。
 「自分や家族の安全」を守るという大義名分があるのだろうが、国民の誰もが、引き金を引きさえすれば、人間の生命が奪える現状は、生命を軽視しているとしか思えない。そして、この影響は世界に風を吹かせつつある。
 たとえば、一時の加熱した報道がすっかり温度が冷めてしまったイラク紛争…。実は毎日のように、何十、何百という一般市民の尊い命が奪われている。これらの報道に対して、さほど興味を抱かなくなった現状を冷静に考えてほしい。非常に恐ろしいことである…。
 このような傾向は世界各国の国民レベルでもあるようだ…。明らかに「人命」を軽く見る風が世界中に吹いている。

 日本には昔から「人命は地球より重し」という言葉がある。
たとえ相手が犯罪者であっても、「罪を憎んで、人を憎まず」っていう言葉もある…。
 市民感情からすれば、今回の立てこもり犯に対して『「出てきてくれてありがとう」とはなんだ!犯人に媚(こ)び諂(へつら)いやがって。』というのが一般的だと思うが、犯人の起こした行為が、その命をもって償うべき大罪だとしても、きっちり法に准じて裁かれるモノであって、たとえ犯人の命を奪うにしても「法が彼の命を奪う」かたちでないといけないのではないだろうか。


 「法治国家『日本』」…。
 法治国家は法治国家たる理想の犯罪解決を追い求めるべきである。

 風に流されては、この国の本質を見失う。



 最後に…、
殉職されたSAT隊員、故林一歩警部のご冥福をお祈りいたします。


…合掌…。




PS:本日の画像のお題

「こんな推理でよいのだろうか…」


meisuiri