アロハ
先日久しぶりにパールハーバーのアリゾナメモリアルに行ってまいりました。
一般の入場も荷物検査は厳しくカバンなどは持ち込みできません(預けられるところがあります)
撮影の御手伝いで行ったのですが、やはり軍関係の施設のため撮影条件も規制がありました。
荷物を預けた後にゲート内に入ることができますが、アリゾナメモリアルまではボートにのっていきます。
真珠湾攻撃により撃沈したアメリカの戦艦アリゾナ
どのような状態かおわかりでしょうか?
白い建物がボートで訪れることのできる記念館。 この記念館の下に戦艦アリゾナがあるのです。
攻撃された日から乗組員とともに海底に眠る戦艦アリゾナの上を観光する、というのは気持ち的に非常にいたたまれませんが、平和のありがたさを伝えることが訪れた私たちの使命だと痛感します。
ほとんどのお客さんは日本人以外の方でした。
激しい銃撃戦によりベースの部分は残っていますが上の部分は破壊されました。
ちなみに銃座の先に小さな白いブイが見えるのわかりますか?
これがアリゾナの一番後ろの部分で、下の写真のブイのところが一番前の部分です。 こうしてみても戦艦の大きさが想像できるかと思います。
70年以上たった今でも油が浮いています。
これはパールハーバーで亡くなった方の血と涙と言われています。
そしてなんと、パールハーバーのサバイバー、生存者であるアル・ロドリゲスさんが取材に応じてくださいました。
しかも御年94歳でご健在! アメリカ軍の人たちにとっては大ヒーロー、多くの人に写真を撮られていました。
当時20歳ちょっとだったアルさん、突撃してきた日本軍のパイロットと目が合うほどの至近距離でかぶっている帽子まで見えたとのこと。
「持っていたライフルを無我夢中で撃ったが飛行機を落とせるわけがない。 あの日の記憶? 記憶より爆弾の音の凄さは忘れられないよ」 と仰っていました。
「戦争が始まる前から私の近所は日本人ばかりで仲良くしていた。 私も日本側もやらなければいけないことをしただけ。 個人的な恨みは一切無いよ。 最初の妻は日本人だったしね」 と見せてくれた笑顔は本心だと思います。
「一緒に写真撮ろうよ!」と自らおっしゃってくれたアルさん
こんな重鎮と恐縮です・・・
「あんなことがあっても今でも日本人は大好きだよ。 特にハワイは最高。 だっていつもカワイイ日本からの女の子が沢山遊びに来てくれているからネ」
・・・これも本心だと思います、アルさん(^▽^;)
パールハーバー。 日本人だからこそ絶対に訪れてみるべき場所の一つ。
こういう歴史があって今のハワイがある・・・戦わざるを得なかった皆さんへのリスペクトが増すと同時にハワイをもっと愛おしく思えるはずです。