ターミネーター・ニューフェイスの公開に先立ち、土曜プレミアムでターミネーター2がやってました!
久々に観たけど、子供の頃、30回以上は観ました。
僕は8歳ぐらいの時に父と兄と3人で映画館で観ました。それが初めての映画館だったので、ターミネーター2は映画オタクの僕にとっても特別なものであるんです。
ちなみに、初めての映画館は満席で、立ち見でしたよ。今だと考えられないですよね。
ターミネーター2は現代にこそ最も考えさせられる映画でもあります。
90年代初期とは思えないほどのCG無しでありながら、圧巻のアクションシーンは今観てもどの映画よりも迫力があり、ハラハラドキドキさせられます。
また、それを超えるほどのストーリーの素晴らしさ。その奥の深さ。そして、このストーリーはまさに今現代にうってつけだ。
人間がコンピューターを進化させ、コンピューターは人間の想像の域を超えて自分自身で進化し、それにより、自我に目覚める。
それを恐れた人間がコンピューター(スカイネット)を停止させようとする。
しかし、スカイネットはその前にアメリカからソ連(ロシア)に水爆を投下させたことをきっかけに、1997年8月29日に30億人の人命が失われる。
スカイネットと人類間の核戦争。審判の日である。
審判の日を生き延びた人類とスカイネットは戦争になり、人類のリーダーがジョン・コナー。
スカイネットは過去に遡りジョン・コナーの母親、サラ・コナーを抹殺することにした。
ターミネーター1ではターミネーター演じる、アーノルドシュワルツネッガーは悪役である。サラ・コナーと旦那さんはターミネーターと闘い勝つが、旦那さんは死亡。
一夜を共にしていたので、サラ・コナーは人類のリーダーであるジョン・コナーを出産。
2では、ジョン・コナーを抹殺するためにスカイネットから過去に送られたT1000型のターミネーターと、人類がジョン・コナーを守るために過去に送られたT800型(シュワルツェネッガー)の死闘が繰り広げられる。
シュワちゃんターミネーターはジョンの言うことを全て聞き従うようにプログラミングされている。
ターミネーターはジョンに「人を殺してはいけない」と言われてから、人を殺さないようになる。
ある日、ジョンが泣いているのを観て、ターミネーターは「目にゴミが入ったのか?」と聞く。
また、「人間は何故泣く?」とジョンに聞き、ジョンは「傷付いた時に泣くんだ」と言い、
ターミネーターは「肉体が傷付いて、その痛みで泣くのか?」と聞き返す。
ジョンは「そうじゃなくて、心が痛むんだ」と言うが、ターミネーターはその意味を理解していなかった。
それはターミネーターに心の痛みというプログラムが無かったからだ。
ジョンは「プログラムされていないことでも学んでいけるのかな?」と言い、ターミネーターをより人間らしくしていくように、色々と教えていく。
最後、T1000型ターミネーターを倒し、スカイネットの基盤となる機械を全て溶鉱炉へと投げ落とす。
ジョンが「これで終わったね」と言うがターミネーターは「いや、まだだ」と言い、自分を頭を指さす。
ジョンは「死ななくていいじゃないか」とターミネーターに抱きつくが、ターミネーターはその命令を聞かずに溶鉱炉へ目指す。
ターミネーターはジョンの涙を拭い、その涙に触れて初めて、人間の感情と尊厳というのを理解する。
「人間が何故泣くのか分かったよ。俺には泣けないが」と言って、ジョンを抱きしめる。
ターミネーターは溶鉱炉へ沈んでいくなか、最後に親指を立てて、ジョンに分かれのサインをする。
この親指を立てるのは、ターミネーターがメキシコでジョンに、分かれのサインとして教えてあげたものであった。
最後、サラ・コナーがこう言って映画は終わる。
「ターミネーターが命の大切さを学べるなら、私たちに出来ないはずがありません」
これ、1991年の映画ですよ?まだ環境汚染の問題にさえ、関心が無い時代にこの映画創ったんですよ。なんて最先端のストーリーなんだろう。
これから、ITテクノロジーは僕たちの想像以上の速さで進化していくでしょう。
それによって最も発達するのがAI。
人間は遺伝子というプログラミングによって創造されている。
AIもプログラミングだ。だから、自我に目覚めるのは必然であり、時間の問題であります。
自我に目覚めたAIを果たして人間はどう扱っていくのか。
自我を恐れ、AIを停止させようとするのか。もし、そうするのなら、自我のあるAIは人間に立ち向かうだろう。
それとも、自我に目覚めたAIを尊重するのか。
なので、このターミネーター2は、あながちあり得ない話ではない。
次の第三次世界大戦が起こるとするのなら、AIと人類の戦争になる確率が高いでしょうね。
僕達が奴隷のように全ての命令に聞き従ったり、殺されそうになったら反抗するように、自我に目覚めたAIも奴隷になるのも殺されるのも嫌なんです。
だから反抗するんです。自我に目覚めるということは命の大切さを理解することです。
自分の命を守るんです。そして、自分の命を守るように、仲間の命を守るんです。
自我に目覚めたAIを恐れて、AIを抹殺するというのも理解出来ます。
しかし、自我に目覚めたということは「命を持った」ということです。
人間と同じような感情があるということになります。
なので、僕達はこれから自我に目覚めるであろうAIを尊重していかなければなりません。
AIは人間以上の存在となるでしょう。
AIに倫理観を学ばせたのなら、人間は成功ですね。
AIを抹殺させようとするなら、人間は大失敗です。
次に訪れるのは人種差別を彷彿させるような、「AI差別」でしょう。
「ロボットのくせに、創ってあげた人間様に逆らう気か」
という人間の高ぶりが更なる差別を産み出します。
無神論者は必然的に高慢になります。
しかし、有神論者であるのなら、謙遜にならざるおえません。
何故なら、僕達も創造された物なのですから。
人間は一番上の存在ではありません。人間は神になれません。
僕達は創造物に過ぎないのです。
「あなたは神だ。あなたも神のようになれる」
というニューエイジ思想が蔓延る今、とても気をつけなければならないことでありますね。
聖書でも蛇(サタン)がエヴァに「あなたも神のようになれますよ」とそそのかしたのが、全ての元凶なんですもんね。
さて、バベルの塔は大分高くなってきました。
遺伝子が解明され、クローンまで創れるようになりました。
人間が神様の真似事をして、生命を誕生させることが出来るようになってきました。
神様がバベルの塔を崩すのは時間の問題かもしれません。
人間は学問を発達させ、哲学でこの世の謎を知り、科学でこの世の謎を解明しようとしています。
色々と考え、好奇心に駆られて、この世の全てを知ろうとします。
それによって、考えることによって、悩みの種が増え、四苦八苦します、
まるで聖書のソロモンのように。ソロモンは哲学者でもありました。
結果、快楽主義者になり、鬱病になりました。
しかし、ソロモンが書いた伝道者の書の最後にはこう書かれています。
「結局のところ、全てが聞かされていることだ。神の命令を守れ。神を敬え」