映画レビュー 「リリィシュシュのすべて」  ※一部ネタばれあり

点数 90点

 

僕が大好きな岩井俊二監督が遺作にしたいといっていた映画。

 

中学生という、最も多感な時期の闇の部分に焦点を当てたストーリー。

万引き、イジメ、恐喝、レイプ、援助交際、自殺、殺人と、ショックなシーンが多数含まれている。

 

また、この頃の中学生は僕の世代であり、僕の世代は最も闇が広まった時代ともいえる。

この映画の中でバスジャック事件がニュースでやっているが、あれは本当にあったバスジャック事件を元にしているだろう。

酒鬼薔薇聖斗 、バスジャック事件、秋葉原連続殺人事件等の無差別テロが流行ったが、彼らは僕と同世代だ。

 

そして、「17歳のカルテ」という米映画が2000年に公開されたが、この映画では境界性バーソナリティという人格障害をもつ主人公が精神病棟に入院する話だ。彼女がリストカットをしているシーンがあるのだが、ちょうどこの頃からリストカットが流行りだし、僕が20歳になる頃にはリストカットをする友人は珍しくなかった。

 

僕が中学生の頃。音楽ではヴィジュアル系が登場し、アニメではエヴァンゲリオンが社会問題となり、インターネットの先駆けの時代である。

この映画のタイトルの「リリィシュシュ」は、ヴィジュアル系よりのリリィ・シュシュという架空の歌手が元になっている。

 

主人公の雄一はリリイ・シュシュの絶大な信者で、インターネット上でリリイ・シュシュの非公式ファンサイト「リリフィリア」を主宰し、「フィリア」の名で、様々な人物と交流する。

それと現実が同時進行していく形でストーリーは進行していくが、時間的な順序とは少しだけ異なった流れで構成されている。

 

雄一の友達だった星野は、スポーツ万能、成績優秀で中学の生徒会長。中学校の入学式では、新入生代表の答辞を読んだ。

実家は裕福であったが、夏休みに会社が倒産して家族が離散することになる。

星野は夏休み明けに態度が急変し、不良のボス的存在となり、雄一は星野にイジメられるようになる。

 

同級生の津田詩織は星野に弱みを握られ、「仕事」として援助交際で金を得て星野に渡すようになる。

 

雄一が密かに恋い慕っている少女で、星野にリリイ・シュシュを教えた久野陽子は、優れた容姿のため男子からの人気は高いがその反面、神崎を始めとする女子生徒からは相当嫌われている。星野のグループに強姦される。

 

ストーリーは非常にショッキングであるが、事実ありそうな話であり、また、その演出シーンや世界観、映像センスがとてもリアルに作りこまれてあり、実際に自分が映画の中に存在するような気分になる。

自分が中学生の頃のことを鮮明に思い出すような感覚だった。

 

僕はこの映画の14歳の闇の部分というのは、先進国の日本が産み出して、なおざりにした結果、無差別テロや引きこもり、様々な精神的な病へと発展した問題として見ている。

 

果たして、今の14歳がどうなっているのかというと、僕の頃よりも闇の部分はもっと深まり、その行動はもっと卑屈になっているだろう。

それはTwitterの闇アカウント等からも伺える。

 

社会は闇の部分をひたすら隠す。偽善と欺瞞で満ち満ちて現実から目を逸らす。

 

闇を抱えた者達は自分の存在を社会から否定され、自己嫌悪に陥り、劣等感は募る。

 

ブルーハーツの「1984」という歌の中でこんな歌詞がある。

「僕たちを縛り上げて一人ぼっちにさせようとした 全ての大人に感謝します」

 

35年経った今、その束縛と孤独は更にエスカレートするばかりである。

 

映画の中で、万引きをして捕まった雄一の母親に教師はこう言う。

「雄一君も最近の子供ですし、何を考えているか分からないところもありますからね」

 

まさにそうだろう。雄一は自分の抱えた問題を大人の誰にも話さず、唯一自分の心を癒す場所はインターネットの「リリフィリア」である。

だがそこは現実ではないため、逃避に過ぎない。

 

映画の中で久野陽子がピアノで弾くドピュッシーの旋律が美しく鳴り響く。

 

などと色々なことを語ったが、実のところ、どちらかというとこの映画は世界観を楽しむ映画である。

だけど、伝えたいことも伝わってくる。

 

とても切なく美しい映画で、まさにドピュッシーの音楽を映画にしたような感じであった。