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唯我独尊雑記

好きなゲーム、映画、文学、マンガなどの感想や気になる時事問題を交えたブログです。

日本が世界に誇る文化のひとつのゲームがあると思います。マンガやアニメの人気は限定的な所がありますし、どちらかというと一種のブームメントのようなものだと思うんですよ。それにゲームって日本発祥ではないですが、「育ての親」みたいな所があって、世界ゲーム史に日本のゲームが残した足跡は非常に大きい。というわけで、感謝と敬意を込め、ゲームベストを作ってみました。

1.クロノトリガー(SFC) 1995年
堀井雄二と坂口博信がタッグを組んだ大傑作RPG!タイムマシンで5つの時代を行き来するスケールの大きい話に脱帽!時代毎に出会う仲間たちも非常に魅力的でした。そしてこのゲームの特筆すべき点が、美麗なグラフィックです。この時代のスーファミソフトはグラフィックが綺麗なものばかりですが、特にこのゲームは圧倒的でした(もしかしたらPS時代のゲーム以上かも)。本当に素晴らしいグラフィックでした。加えて光田康典氏の手掛ける音楽も聴き応えのあるもので、特に古代フィールドで流れるフィールドテーマ曲「時の回廊」は何度聴いてもその素晴らしさにうっとりさせられます。

そして、本作の語るメッセージ性も現代人にとっては重いものです。彼らは現代の世界ではなく1000年後の未来の子孫のために命を賭けるわけですが、今の世界に1000年後の人類のことまで考えている人ってどれくらいいるのでしょうか?資源は使いまくるわ、人口は爆発的に増えているわ、戦争はするわ、10万年の保存が必要な使用済み核燃料を平気でホイホイ埋めるわでやりたい放題ですね。このゲームをプレイして未来の子孫のことまでしっかり考えられる人間が少しでも増えてほしいものです。

2.MOTHER2 ギーグの逆襲(SFC) 1994年
糸井重里氏がプロデュースしたことで有名な超能力RPGの第2弾。最初の長閑な雰囲気を払拭するかのような、中盤以降のダークな雰囲気(特にムーンサイドは狂気の一言!)、そしてラスボスの恐ろしさに震えながらプレイしたのを覚えています。そしてその恐怖の展開を越えて迎えるエンディングは実に感動的でした。

3.メタルギアソリッド(PS) 1998年
まず、OPの描写からして、当時の他のゲームとは一線を画する驚異の出来でした。このゲームは敵組織の潜伏する施設に潜入して、その野望を阻止するゲームですが、その潜入の様子が描かれたOP映像が、さながらアクション映画のOPを見ているかのような演出で、非常に新鮮でした。その映画的な描写はOPだけでなく、随所に挿入されるイベントシーンでも見られ、ゲームを臨場感溢れるものにしています。この演出は当時は画期的で、かなり好評を博していたみたいで、実際僕もこのゲームの演出はかなり気に入っています。

ストーリーに関しては今更、言うに及ばずでしょう。今更ながらもこのゲームがプレイできたことを、非常に嬉しく思います。


4.ゼルダの伝説 時のオカリナ(N64) 1998年
ゼルダシリーズの最高傑作!自分が戦ってるような臨場感溢れるアクションに、魅力しか見出せない世界観、ダークな雰囲気が端々から感じられるダンジョン。これらの要素があまりに魅力的で、何度やっても飽きが来なかった。まさに傑作中の傑作!
ストーリー、演出、ゲーム性のどれもが高純度で固まった至高の一品です。


5.大神(PS2) 2005年

日本神話をテーマにした大傑作アクションゲーム。「和」をテーマにした幻想的な映像美、3Dスティックを筆に見立てた「筆しらべ」というシステムといい、本当に素晴らしい作品。

また、このゲームはメッセージ性も強いです。現代人に欠けているような大事な何か、探し求めていた物を改めて感じさせてくれます。感じ方は人それぞれだとは思いますが、僕はそう思います。日本の文化って美しいなと誇りにも思えてきます。超オススメです。

ちなみに、今からプレイするならPS3版の「絶景版」をオススメします。名前のとおり絶景です。

6.ファイナルファンタジーⅤ(SFC) 1992年
言わずと知れたFFシリーズで、僕の一番好きな作品です。この作品以降のシリーズで残念ながら無くなってしまったジョブチェンジシステムは非常に楽しかったです。そして、ボリュームあるストーリーも白眉で、泣き所が結構多かったのも好印象。ガラフがHP0になってもエクスデスに立ち向かっていくシーンは、「生命の強さ」を印象付けていますね。


7.ゼルダの伝説 スカイウォードソード(Wii) 2011年

これだけリンクと一体感のあるゼルダは初めてです。
プレイヤーの動作がそのまま反映されるからこそ、よりリアル感を生み出します。
ファミコンを思い出してみてください。あのゆびが赤くなるくらい熱中した頃を。上手くいかずコントローラを投げた数分後にまたプレイしているあの頃を。謎解きが難しく攻略法を見ながら遊んだあの頃。今作はあの無我夢中で遊んでいた頃の興奮を鮮明に蘇らせてくれました。これこそが30年以上遊びを提供し続けてきた宮本茂の形、ゲームの原点であり、真の『ゲーム』です。
グラフィックにおいては風のタクトに一見似てはいますがそうでもないように思います。水彩画のような美しく鮮やかな表現はゼルダ史上初。慣れてくると、このグラフィックの凄さ、美しさに気がつくはずです。
王道で入り込みやすいストーリー、重圧ささえ感じるサウンドのクオリティは一級品。
ちなみに、60インチくらいのテレビの前で立ちながらプレイすると運動にもなりさらに臨場感UPします。
これは全ての地球人におすすめ出来るゲームです。

8.ファイナルファンタジーⅦ(PS) 1997年

全体のバランスのよくとれた作品だとは思いますが、特にストーリーの盛り上げが非常に上手いなと感じた作品です。
PS発売当時の、これまでにないグラフィックの向上はもちろんですが、主人公が追われる場面から始まる、緊張感のあるオープニングや、ヒロインの身に降りかかる衝撃的な出来事、後半の、自身の過去に決着をつけ、仲間達と団結するまでの展開...。思い出深い場面がたくさんありました。
音楽、セリフ、全ての演出の調和が取れないと、こういう名シーンは生まれないでしょうね。
本作も名曲の宝庫ですが、個人的には物語全体を象徴するかのような、ストーリー性のある前期フィールドテーマが白眉だと思います。


9.大乱闘スマッシュブラザーズX(Wii) 2008年
スマブラも来るところまで来たという感じです。もちろん良い意味で。今年発売予定の最新作WiiU版は一体、どのような作品になるのでしょうね。
話を戻すとやっぱり最大の特徴は、一人用ゲームの充実でしょう。アドベンチャーモードはクリアするだけでも、結構時間がかかります。やり込むなら、尚更ですね。

加えて、一人用ゲームでも二人で出来るというのも嬉しい。本当に楽しいですよ、これ。究極のファミリー向けゲーム。

10.ドラゴンクエストⅢ(FC) 1988年
今尚語り継がれるドラクエシリーズの最高傑作。オリジナルはFC版ですが、僕はリメイクされたSFC版を最初にプレイしました。そのシンプルかつ洗練されたシステム、戦闘の面白さ、すぎやまこういちが先生が手掛ける絶品の音楽、そして感動のラスト!シリーズが人気となった理由を肌で感じた傑作!


次点.スーパードンキーコング(SFC) 1994年
僕が最も衝撃を受けたゲームの一つ。2Dアクションゲームにもかかわらず、あまりにも完成度の高い秀麗な3Dグラフィックに度肝を抜かれ、心奪われた逸品。この画期的なゲームを作った当時のスタッフに拍手!


別に経済学部出身というわけでもないし、経済学を熱心に勉強したというわけでもないので、間違ったことしか言っていないかもしれないけど、とりあえず理屈として組み立てられるな、という手応えを感じたので、組み立ててみました。
まあ、このブログではいつものことですね(笑)。
良文であれ悪文であれ、読んだ人の考える材料になるのが一番よいのですが、いい踏み台になれますかね。

マルクス経済学、という言葉があるように、本来であれば、左派のほうが経済を饒舌に語ってもいいような気がするんですが、テレビなんかで名前を聞く経済評論家に左派の人ってあまり見かけません。
Wikipediaに日本の経済評論家一覧 というページがあって、ざっと彼らの経歴を見てみましたが、そのほとんどが投資家や官僚、シンクタンク、コンサルタント、経済紙記者出身で、経済というよりは財テクやマーケティング、経営論を主張している人が多いです。
その中でマクロ経済、国家が採用すべき経済政策を主張している人も何人かいましたが、多くは政治思想的には右寄りで、企業や金融機関、投資がうまく回るためにはどうすればいいか、という視点ばかりが目立ちます。
まあ、著書を読んだ訳じゃなくて、ネットでちょっと調べただけですけどね。
例外は内橋克人、森永卓郎、佐高信、副島隆彦の各氏くらいでしょうか。
でも、彼らも別に積極的に「こうすれば景気がよくなる」という包括的な経済政策を主張してはいないです。
分析や予測がメイン。

wikipediaでは経済評論家とは別に経済学者の一覧 、というページもあって、何人か重複している人もいるものの、そちらは大学教授が中心で、人数も膨大なものでした。
ちょっと全部は調べきれませんでしたね。
でもまあ、そうして学者と言われている人達の中でテレビに出て喋って、世論形成に一定の役割を果たしている人って限られていますからね。
経済評論家の一覧に出ていなくて、経済学者の項目には出ていた著名な経済学者で気になったのは浜田宏一、竹中平蔵、高橋洋一、野口悠紀雄、リチャード・クー、飯田泰之氏らあたりでしょうか。
どっちにもリストアップされていなかったけど、三橋貴明氏なんかも有名ですね。
まあ、いずれの論者にしても、リフレ、規制緩和、減税、公共投資の増大のいずれか、あるいはそれらの複合型に集約されてしまうわけです。

民主党が政権を握っていた時期、白川日銀総裁のもと、リフレ政策は否定され、規制緩和は凍結され、公共投資の幾つかは「事業仕分け」の名のもとに次々と否定され、消費増税が決定されました。
ことごとくそれら経済学者の言っていることと真逆の事をやっていたわけですね。
やったのは高速道路無料化と子ども手当くらいでしょうかね。
しょぼいです。
民主党を離党した小沢一郎と滋賀県の嘉田知事がつくった未来の党はリベラルの受け皿になるのでは、と期待されていたけど、その選挙公約を見ても、ほとんど景気対策に関して触れていませんでした。
社民党や共産党も目玉となるような景気対策はほとんど打ち出せていませんでした。
どちらの党もケインズ的な公共投資を挙げていて、その意味では右の人達と変わらないわけですが、違いが打ち出せないからなのか、あまり大きく取り上げていないです。
これじゃあ、リベラルが人々の支持を集めるなんて難しいんじゃないですかね。

なんだかんだいって、生活に直結する景気をどうにかしてくれって人が多いのに、リベラルの側ってそれに答えられるような景気対策ってほとんど何も打ち出せていないんだもの。
護憲とか反戦とか脱原発とか年金とか女性の社会進出とか福祉とか歴史認識とか(大きな問題だけど)、そんなものより景気ですよ。
TPPでGDPアップ、というプロパガンダをよく聞くけれども、TPPに反対して、じゃあそれで景気を回復させることができますか、というと別に代替案があるわけでもなかったりしますからね。

でも、自民党が掲げる景気対策も、世の中のほとんどの経済学者が掲げる景気対策も、尽く失敗しますよ。
だって、そういう経済学者達が依拠しているケインズとかクルーグマンとかバーナンキとかの経済政策が想定している社会って少子高齢化を前提にしていないですからね。
日本の人口って昨年は21万人自然減しましたが、これはGDPで言うと、日本人一人あたりのGDPが480万円なので、約一兆円ほど経済規模が縮小したことになります。
おそらく今年はもっと減るだろうし、来年はさらに減るでしょう。
人が減っているのに、誰が使うんだかよくわからない道路やダム、空港なんかの公共施設をつくったって投資になりません。
将来世代への借金が増すだけです。
インフレターゲットをやっても刷った金が庶民に還元されるルートはどこにあるんでしょうか。

労働市場に流動性は必要だし、やるべきことだとは思うけど、前提としてセーフティーネットが充実していなければ、とんでもないことになりますよ。
今だってとんでもないことになっているというのに。
就労支援の充実を図ることがまず何よりも優先されるべきじゃないですかね。
でTPPで規制緩和です。
金持ちだけが儲かる、と。

既存の経済理論に従えばそりゃあこういう話になってくると思うけど、何度も言っているように少子化しているのに、こういうことやったって無駄だって話です。

少子化って誰もが深刻だと思っているのに、一向にそれを改善しようという政策を本気で打ち出していないんですよね。
抗えない運命だと思っている節があります。
そんなことはありえませんよ。
現に少子化から立ち直った国はヨーロッパにいくつかあるんだから。
子どもが増える=消費者が増える=需要が増大する、という単純な話で経済が回るのに、誰もそこに注目しない。
「これから少子化だからね」って暗い表情でつぶやいて、それを改善しようというふうに考える人が全然いないんですよ。
刷った金を保育料無償化と保育施設の拡充に回せば、貧乏人でも、夫婦揃って馬車馬のように働くような家庭でも、子どもをつくることができるようになります。
結婚の障壁だって下がる。
そうやって増えた子どもたちが人間として成長していく過程で膨大な需要が発生します。
今はテレビやPCなんかみんな持っているし、車だって必要な人間はみんな持っているけど、何も持っていない子どもを増やせば、彼らの成長や欲求に比例して需要が増大していく。
それで経済は回るし、インフラ整備も意味のあるものになっていく。

というような少子化対策の話は何度もこのブログでしてきました。

人間って誰でも幸福になりたいと思っています。
幸福は人それぞれ、みたいに言う人がいますが、その人それぞれと言えるようになるには前提となる条件を満たした上でなければなかなか言えません。
すなわち、

健康であること。
就学、就労し、友人をつくり、家庭を築き、ゆるやかに老いていけること。
娯楽を楽しめる余裕と感受性を持つこと。

満たしていなくたって、幸福な人はいくらでもいるだろうけど、近代国家の人間として形成された我々の多くはそれでもこのモデルの魅力を否定することは難しいと思います。
今、巷間唱えられている経済政策では一部の人間にしかそうした幸福を享受することはできなくなっていきます。
そうした一部の人間は国内市場が収縮して、人々の購買力が低下しても世界市場で収益をあげればそれでいいと思っていますからね。
でも、確実にほとんどの人間はこうした幸福を欲しています。
言われなければわからないことだけどね。
これらの欲求を多くの人が満たせるような政策を志向する必要がある。
そのための社会整備をする、という話を朗々と語れるリベラル経済学者が出てくれば、リベラルが復権することもありえるんじゃないかな、と。
これって、リベラルこそが唱えるべき経済政策だと思うんですよね。
まあ、別に保守が訴えたっていいんだけど、保守の人達って、こっちの方には頭がまわらないですからね。
でも、子どもを増やすことほど有効な投資ってありえませんよ。

これは今までの経済学の歴史では語られてこなかった話かもしれないけど、僕はいろんな人に話して、ここでも書いて、様々な異論反論を受けて、それでも論破されたことはありません。
そろそろ偉い人が真剣に考えてくれてもよさそうに思うんですけどね。

今回は2007年に公開された邦画のご紹介です。

被害者の一方的な告発によって痴漢の犯人にされてしまった青年の境遇を通して、日本における刑事事件の捜査、取り調べ、裁判の理不尽さを描いています。
今頃になって再見しましたが、改めて傑作だと思います。どれくらい素晴らしいかというと、これを「傑作」と言わずして、何を「傑作」と言えばいいのか、というくらいの傑作です。

見ているあいだじゅう、正義の義憤に駆られまくってしまいました。
何かに憤る、というのは気持ちのいいことです。
公開当時もそれなりに話題になったと思いますど、もっと話題になっていいプロパガンダ映画です。
というのも、日本の刑事裁判の有罪率が異常に高い、ということが周知されたのは、この映画の功績だと思うのです。
ネットでは現役の弁護士のレビューをいくつか見つけることが出来ました。
いずれも、リアルに書けていると絶賛していました。
周防正行監督は『シャル・ウィ・ダンス?』で地味な題材を素晴らしい娯楽作品に仕上げていましたが、この作品も社会性の強い題材を扱っていながら、きちんと娯楽的な手法で描いていて、全編にわたって間延びすることなく、2時間半という長尺にもかかわらずノンストップで見続けることが出来ました。
政治的、社会的主張が全面に出てしまう映画は、割りと肩肘張ったものであるとか、皮肉めいたスタンスであるかに寄ってしまいがちなんですけど、この作品は終始シリアスさとユーモラスさのバランスが絶妙で、監督の力量の高さを伺わされました。

統治機構、ということで話題になるのは政治家(立法)だったり役所(行政)だったりするわけですが、司法機関ももちろん、統治機構の一部として機能しています。
一昔前までは検察の正義、ということで検察(特に特捜)にはそれほど汚職が取り沙汰されていなかったものですけれど、証拠捏造事件や国策捜査の疑いなどで、かなりその腐敗っぷりが進行しているのではないかと言われています。


日本のエリートはなぜここまでダメになっているのだろうか。
もちろん、普通に会社勤めしていたってブラックなことはいくらでもあるわけですが、それでも日本は先進国として機能し続けています。
社会を安定的に運営するために法律なり、統治機関なりが存在するはずなのに、それがこれほどダメになっているのに、日本人は平常運転。


この映画だって、別に大ヒットしたわけではありません。
これほどの理不尽が日常的に行われているのに、日本人の多くは興味を持てない。
今より良い世の中を実現できるのは果たして何千年後なんでしょうか。
義憤に燃え上がったあとには絶望感に苛まれてしまう映画です。
それでも、人間は常に良心や正義感というものを刺激し続けなければそれを忘れてしまうと思います。

見た人はガンガンいろんな人に広めて下さい。