兎の勧誘1 の続き

 

 

 

 

石川のサーブを受ける。

 

面白い、

 

そう思った。

きれいな球だ。

筋力をつけ、力強さが加われば更に進化するだろう。

ポテンシャルしか感じない。

 

楽しい、

ただただ楽しくて

ずっとこうしていたいと思った。


大学を出たらバレーボールは辞めようと思っていた。

実業団も難しいだろうし、家族も安心できるように普通に就職しようと思っていた。

 

 

そう、

 

 

そう思っていた

 

 

けど・・・

 

 

 

一球が高く弾き飛ばされ、体育館の2階の柵の中に入ってしまった。

それを二人で目で追う。

 

軽く、と思っていたが

気付けば二人とも肩を上下させるほど夢中で打ち合っていた。

 

ハッとする。

 

「いま何時??」

 

キョロキョロする俺に石川が時計を指差す

「やば、」

「時間やばいですか?」

「う、、ん、」

 

相当余裕をもって遅い時間の指定席を予約していたが、あっという間に時間が過ぎていた。

もっと打ち合っていたい、

そう思うくらい名残惜しい時間だった。

 

残念だ。

指定席とかどうでもよくて、自腹で払ったっていいからもっとここにいたいと思った。

 

石川とこんな風に打ち合える日はもう二度とないだろうから。

 

でも、石川自体がそう思ってるわけではないだろうから

まぁ退散するか、とボールを片付けにかかると声が聞こえた。

 

「柳田さん、また、続きしましょう」

 

顔を上げて彼を見た

真剣な顔だった

 

彼は続けて言う

 

「全日本で」

 

と。

 

思わず唇を噛み締めていた。

 

そんなことを言われる資格などないと思った。

バレーボールは辞めるつもりだったのだから。

けれど、

今の俺に石川はそう言ってくれている。

 

ぎこちなく笑ってかえした。

約束はできない。

自分で決められることではないからだ。

選ばれなければ望んでも得られないのがアスリートの世界だ。

 

だが、、、

 

俺は最初から諦めていた。

選ばれるはずなどないと、、

 

違う。

まだできることがあるんじゃないか、、

 

今まで思ってもいなかったことが頭を過ぎった。

 

 

 

後は片付けておくので急いでください、と彼とは体育館で別れた。

 

校門を出たところで振り返る。

体育館の屋根が見えた。

 



 

春高で歓声を受けていたあの光景が蘇る。

 

優勝は単に一つの結果でしかない

なによりも素晴らしいのは仲間と一つになり、皆で頂に登りつめられた感動のほうがかけがえのないものだった。

 

石川とのボールを通じた交歓

 

楽しかった

 

こんな才能のある人材と共にバレーボールで頂を目指すことができたなら、どんなに素晴らしいことだろうか

 

「・・・」

 

俺とあいつとの共通点があった。

 

それは心底バレーボールが好きだということだ。

本当に好きで、今まで夢中でボールを追っていたんだ。

 

 

俺は、こんなにバレーボールが好きだったのか、、

 

こんなにバレーボールが好きなのに

 

 

なんで

 

なんでやめようと思っていたんだろう、、、

 

 

手のひらを見つめる。

 

 

胸の中で何かが生まれたような気がした。

あまりにも小さくて、ともすればすぐに消えてしまいそうな微かな灯だ。

その灯火が消えてほしくないと、まるでそれを掴むかのように見つめていた手を握りしめた。

俺にとってこれは守らないといけないものだと思った。

 

結果はどうなるかわからない

 

けれど挑むことになんの躊躇があるだろうか、

そんな思いを巡らせながら学校をあとにした。

 

 

 

監督に電話をする。
スカウトは失敗でした、と伝えると落胆のため息が聞こえた

すみません、と言いながら

俺は一人高揚していた。

 

家につくまでの長い道のりにもかかわらず、なんだかフワフワしていて夢の中にいるようだった。

 

 

 

 

 

 

2017年

記者会見が行われた

 

「様々な葛藤もあったと思います。決断した経緯、理由など教えていただけますか」

「先に海外でプレイする先輩にも様々うかがいました。

また、後輩ですが海外を目指す石川からも刺激を受けました。今後は彼のように海外リーグをプロで目指そうという後輩も出てきてほしいですし、そのための礎にもなれればと思っての挑戦でもあります」

 

大企業の実業団員という誰から見ても安泰な環境にいたというのに、

そこから脱し、プロに転向した。

また、同時に海外リーグへの挑戦を発表した。

 

 

 

 

 

あの日

 

遠くに影が見えた。

 

彼は俺をみてペコリと頭を下げた。

結構離れたところからそんなことするもんだから、目の前にくるまでに何度も頭を下げることになる。

もっと近づいたタイミングで気付いたふうにすればそんなことせずに済むのに、

相変わらず真面目か、

と心のなかで呟いた。

 

ボールカゴの横に立つと、ニコっと笑った。

 

屈託ない笑顔

無垢な瞳だが紛れもなく強い意志を感じた

 

俺は片手を上げる

彼は何も言わなかったがニコニコしながらボールを掴むと高く放り投げてきた

 

反射的に左の前腕筋でそれをポンと受け止めた。

真上に上がる。

二度目に受け止めたときには彼と対人の距離になっていた。

 


俺たちは国を代表する赤いユニフォームを着ていた。

 

「絶対、また会えると思ってた」

彼はニヤッと笑ってそう言った。

 

「ギリギリだよ」

と言うと、

彼は真剣な表情で

「違うよ。ここに必要な人だからだよ」

とボールとともにそんな言葉が返された。

 

ドキリとし、

鼓動が高まる

 

 

俺は

挑み続けることを心で誓っていた

 

 

 

 

 

 

終わり