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すまーとしーくのブログ

ほぼ通勤電車にて。

第十三回(第15日目)2009.4
 行程:金谷~袋井
    0950-1745(8h) 26km
    袋井~浜松
    0900-1630(7.5h) 27km

~その3・掛川宿~
掛川の街に入ってきました。(1330)



新幹線の駅がある街ですが、あまりパッとしません。



猫です。

▽塩の道


昔からの要所であることを示すものですね。



それにしても店がない。

たぶん商いの中心が、バイパス郊外型になっていて、旧市街地はさっぱりなのでしょう。

▽掛川宿の街並み
道幅広く、こざっぱりしているのが災いして、なんだか寂しい街に見えました。



白壁、瓦屋根。
信用金庫



大手門?


掛川城ですよー。



そろそろお腹が限界

お蕎麦屋さんを見つけて、駆け込み。

ラーメン(1400)

スルッとお蕎麦を頂き、旅の再開。


▽ふたたび掛川城


うーん。間近で見ると、プラモデルみたい。

ちなみに、新幹線からも良く見えます。カッ飛ばす『のぞみ』でも、東京行きならバッチリ。




↑こっちは、清水銀行。




まぁ、あまりドラマなく掛川を通過。




▽西掛川駅


旅情感でまくりの駅。

天竜浜名湖鉄道です。ちょうど、列車(ディーゼル)がやってきたので見送るために駅に駆け上がりました。



この鉄道も、いつか乗って旅したいなと思ったり。

▽大池一里塚《59》(1526)


近くに池は?

見あたりません。

地図で見ると、少し離れた場所に池があるようですが。

さぁ、まだまだ先に進みますよー。
今日の目標は、『東海道どまんなか』。袋井。

~つづく~
第十三回(第15日目)2009.4
 行程:金谷~袋井
    0950-1745(8h) 26km
    袋井~浜松
    0900-1630(7.5h) 27km

~その2・日坂宿~
ほっこりした街でした。



古いけど、ちゃんと手入れされていて、街の人たちも明るく元気が良かったです。

すれ違った小学校生達も、大きな声で「こんにちは」。

イイ街です。




旧家も開放されていて、見学させて貰いました。


▽高札場跡



▽事任八幡宮(1212)

街の西の外れにある神社です。

「ことのままはちまんぐう」と読みます。
遠江国の一宮なんだそうです。相当歴史は古いらしいです。

気が付けば、遠江国でした。
大井川渡れば、遠江でしたね。

このあたりで、日坂宿とはお別れです。
お腹が空いてきました。。。

なーんにもありません。コンビニも。しょぼん

▽塩井神社



川を渡った先に神社です。
珍しい風景です。


古い街並みが続きます。

▽伊達方一里塚《57》(1232)



オサレです。


224km地点。まだ半分いかない。。

▽何の顔でしょうか?













馬だそうです。

たしかに面長ですし。


▽葛川一里塚《58》(1326)


空腹ながらも、あっと言う間に次の一里塚まできちゃいました。

ここから掛川の街に入ります。

ハラヘッター

~つづく~

第十三回(第15日目)2009.4
 行程:金谷~袋井
    0950-1745(8h) 26km
    袋井~浜松
    0900-1630(7.5h) 27km

~その1・小夜の中山~

(また投稿時に、記事が消えてしまう事故にあってしまい、凹みながら再編集。)

▽スタート・金谷駅(0940)


前回から約4ヶ月。春を迎え、暖かな中の一泊二日一人旅です。
さすがに遠くなりました。朝一番で出発したのに、スタートがこの時間。

前回ゴールの諏訪原城趾まで戻り(進み)ます。



新緑が鮮やか。



寒い中歩いたのと、随分印象が違います。

▽諏訪原城趾


さぁ再開。




すぐに下り坂登場。



さっき登った分、ずんずん下ります。
この坂は菊川坂です。

前方に二人で歩かれているのが見えます。
『独りで追い抜くのも、ちょっと気まずいなー』なんて、思っていたのですが、、、




全然追いつかず。失礼しました。


坂を下りきると、菊川の里です。(1030)



↑菊の模様がある石が取れるので、菊川だそうです。

歩いて五分ぐらいで、また登り坂です。

しばらく茶畑が続きます。



▽佐夜鹿の一里塚《56》(1055)


坂を登りきって、平坦になってきたところにありました。

お寺や茶屋があり、峠の休息場所といった感じです。




ここからは、ちょっと寂しい感じになってきます。

▽夜泣き石跡(1120)


跡なので、今は石がありません。近くのお寺にあるそうです。

その昔、産気づいた妊婦がこの石にもたれかかって休んでいたところ、通りがかった男に持っていた金を盗むために斬られてしまったという、なんとも酷い話のある石です。

赤ん坊は運良く生まれて、和尚さんに育てられたらそうですが、母親の霊がその石に乗り移って夜な夜な泣いたそうで、それが夜泣き石の名の由来だそうです。

→詳しくはWikipediaで。

やはり昔から寂しい場所だったのでしょう。

▽こんなに急坂では、、、



ちょっと大袈裟だろう~

って思ったら






意外と、その通りでした。
下りだから苦ではなかったですが。


坂を下ると、日坂宿です。

~つづく~