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大学在学中に親しい友人Mを亡くした俺は、大学を休学しアメリカ、オーストラリアなどで波乗りなどをしながら彷徨う旅をした。
共につるんでいた仲間は、大学を休学することはなかったが、ある時、そのグループの一人は、卒業後アラスカに留学したと知った。
Kは、死んだ友人の、まさに死ぬ直前まで一緒にいたことで、ひょっとしたら俺も知らない何かを抱えていたのかもしれない。
アメリカから帰国した俺は、なんとなく今の仕事を始め、社会へと組み込まれていった。
そして数年後、学生時代の記憶も遠く霞んできた頃、久しぶりに当時の仲間と、Mを偲び墓参りをすることとなった。
久しぶりにKと会った俺は、彼の変貌ぶりに驚いた。
華奢な優男だったKは、極寒のアラスカで勉学の合間に鍛えに鍛えたのか、がっしりとした筋肉質の男と変貌していた。そしてアラスカの大学を卒業した後、スノーボードのバックカントリーツアーなどのガイドとして、冬山に分け入る仕事を生業としていたのだった。
ケルアックの『路上』や、沢木耕太郎の沢木耕太郎の『深夜特急』の例を出すまでもなく、何かを抱えてしまった若者は、一人、荒野を目指すことがある。
そこでは、何かを得られるかもしれないし、何も得ないかもしれない。
荒野は、そんな都合のいいロマンチシズムを受け入れるような場所ではないからだ。
しかし、荒野の人を寄せ付けない自然と対峙することで、彼らは抱えてしまった「何か」とも対峙する勇気を身につけようと抗っているのかもしれない。
ショーン・ペンによって映画化された『Into the Wild』の原作である『荒野へ』は、そんな孤独な旅を志し、荒野に一人分け入った結果、死体となって発見された若者の姿に迫ったノンフィクションである。
主人公の青年が対峙しようとしていた「自身が抱える問題」は何だったのか?
彼は、その問題に対峙する勇気を獲得することができたのだろうか?
そして、なぜ最終的に死に至ってしまったのか?
ジョン・クラカワーの淡々として客観的な視点を保ちながらも、若者の心の一部に強いシンパシーを感じていることを感じさせる筆致が、読む物を引き込み、荒野に誘わんとする佳作であった。