なぜSCE・SCEJAでなく、あえて『SCEA』を強調するのか? | みらいマニアックス !

なぜSCE・SCEJAでなく、あえて『SCEA』を強調するのか?

なぜSCEあるいはSCEJAではなく、あえて『SCEA』と書いたかについて簡単に説明します。
(こちらは前記事「米国アナリスト: ソニーはコンソール市場全体を支配下に置く可能性がある」の※欄への返信になります。ご興味のある方はそちらからどうぞ)



さて、なぜ『SCEA』か?みらいの考えを一言で言えばこうです。

「PSは国内の製品を海外に輸出するという当初の形から、グローバルでどう売るかから入るビジネスに変わっている。ビジネス全体の考えかたを決める主体も日本から北米(≒SCEA)に、それと平行する形で置き換わっている。PSのハードを設計・生産しているのは確かにSCEIかもしれないが、ビジネス全体から見ればそれは単に生産部門に過ぎない。つまり『ソニーの現在の戦略は、成功しているPS部門を全社のハブに変えていくこと』は北米が主導している。」


まず、サーニーと北米の開発者たちがPS4とVitaのコンセプトを決め、仕様の決定を主導したことは既にこれまで繰り返してご紹介してきた通りです。またネットワークの開発と運営が北米中心で行われていることもほぼ疑いようがありません。Gaikai買収はその一旦です。

さらに1st製のゲームソフトはWWSが開発をコントロールしており、その重心は明らかに北米市場に置かれています。技術開発やツール開発もリバプールやICEなどが中心となっています。

これらの重要なプロダクトが全て米(+英)が主体で作られている以上、SCEを牛耳っているのは北米だと考えるほうが自然ではないかと思います。


人事の点でも、平井氏自身が入っているなど、ボード(役員会)の構成からもSCEAの重要性を伺うことができます。少し前になりますが、平井氏の同志であるハウス氏がSCE社長に就任したことは、北米主導路線が正式にお披露目されたということの象徴的な人事だったと思います。ちなみにWWSの吉田氏もSCEAのボードメンバです。

実際、SCEのここ数年の動きは、北米が主導していたと考えるほうが、国内主導であったと考えるよりも遥かに納得できるものだったと思います。


あと、久夛良木氏の構想について。

久夛良木氏の『構想』は、基本、ハードの進化についての氏の信念というのがみらいの理解です。
(氏のよく知られた構想はCellを基礎にした分散コンピューティングに関するもので、これは現在緒に付きつつあるクラウドよりも、さらに先の未来のお話だったと思っています)

SCEAが主導した上の件は、分散コンピューティング構想よりもずっと現実的なビジネス寄りの話です。これは、久夛良木氏のロマンある未来図とは別の、むしろ大賀氏→ストリンガー氏→平井氏と受け継がれてきた構想だと思います。(久夛良木氏がこの点について絵を描いたという話は寡聞にして目にしたことがありません。もしご存知の方がいたら教えてください)


ちょっと話ははずれますが…

みらい的には、現在の任天堂は、あり得たかもしれないSCEのもう一つの未来だったと思っています。

任天堂が現在まで国内主導が変わっていないように、もしもSCEでも国内組による主導が続いたとすればこうなったかもしれない、的な。(とはいえファミリー・キッズ向けの強固なブランド力がなく、MSと直接的に戦わねばならなかった以上、現在の任天堂よりもさらに厳しい状況に陥っていたのではないかとは思いますが…)


また別の話ですが、ゲーム部門全体を統括するというお株を北米に奪われた国内(SCEJ)は、成長に限界が見えている国内にはそこそこで見切りをつけ、東南アジア及び中国市場の攻略に活路を見出しているのじゃないかと思ったりしています。

少し前のSCEJ→SCEJAの組織変更は、要はアジア・中国市場は日本支部の縄張りだぜ宣言だったのではないかな?とか思ったり。SCEJAは中国市場に大きな投資をしたりしてそちら方面にわりと前のめりなのですが、ここを取らないと自分たちの居場所が社内になくなるという危機感がバックにあるんじゃないか?とか。(何の根拠もない推測ですが…)



本当はもっと調べ、整理して書きたかったのですが、時間もなくなかなか思うに任せず、とりとめのない書き方になってしまいました。中途半端な書き方ですみませんが。