僕は松本清張の作品を好んで読む。
描く作品は緻密。
もともと新聞記者であるため、描かれる職業は繊細で、
綿密な調査に基づいている。まるで匂いがしてくるような印象を得る。
最近の小説には、この綿密な調査の香りがする作品が減ってきている気がする。
僕はその原因が世の中に出回る情報の性質が変わってきたことにあるとみている。
現代では資料として、さまざまな情報が、さまざまな媒体でばらまかれている。
その情報をある程度集め、ある程度方向づけるだけでも、魅力が生まれてくる。
PCひとつで、小説が書ける時代になってきた。
氾濫する情報の中で、一つ一つを結び付け、キュレーターとして、小説をまとめる能力も才能がいることだろう。
でも、それだけでは匂いが出てこない。昔の街並みの「汚さ」や「黄ばみ」みたいなものが出てこない。
今の小説を否定するのではなく、足で歩いた匂いのする小説もたまにはいいもんですよっといいたい。
先日、千秋楽を迎えた鉈切り丸を見てきた。
いのうえ歌舞伎の最新作、主演は森田剛、なかなか面白かった。森田剛は思った以上に役にフィットしていた。
普段は何の魅力も感じない汚い声が、今回の鉈切り丸のいやらしさや、
けがらわしさにとてもあっていた。びっこを引き、背中を丸め舞台を立ち回る姿は、
とても体に負担のかかるものだろう。千秋楽まで戦い抜いたことは素直に驚いた。
最後の演出として、舞台上に池を作り、鉈切り丸の死に場所とした。
倒れて,立つ水しぶきには目を奪われる。力のある演出でした。
久しぶりに満足のいく舞台をみれて、大満足な休日。
犯罪機会論ってご存 知でしょうか。
犯罪を起こす「理由」に注目するのではなく、犯罪ができる「機会」があることに着目する論調です。
機会がなければ、犯罪もやらない。だから犯罪ができちゃう場所であったり、構造を変えていきましょうというお話です。
できちゃうとついやっちゃうのは人間の心情。
犯罪だけでなく、「ついついテレビをみちゃう」、「ついついゲームをしてしまう」などは大まかにわけると同様の事象かもしれません。
勉強したいなら勉強する環境を用意すること。普段から住空間を自分のアクションと結び付けて構築していくことが大切です。
犯罪を起こす「理由」に注目するのではなく、犯罪ができる「
機会がなければ、犯罪もやらない。だから犯罪ができちゃう場所であったり、構造を変えていきましょうというお話です。
できちゃうとついやっちゃうのは人間の心情。
犯罪だけでなく、「ついついテレビをみちゃう」、「ついついゲームをしてしまう」などは大まかにわけると同様の事象かもしれません。
勉強したいなら勉強する環境を用意すること。普段から住空間を自分のアクションと結び付けて構築していくことが大切です。