昔クレヨンしんちゃんの何巻かを読んでいたら、しんちゃんが何処かから貰ってきた金魚に「ゲイくん」と名前を付けて、ミサエを困惑されるという場面がありました。
ゲイとは「芸」を色々覚えて欲しいという気持ちから付けられたもので、ホモソーシャルとは何ら関わりのないものだったのだけど、小学生だった私はイマイチギャグの意味が掴めなかったのを覚えている。
男子校を卒業をした私だけれど、結局、いわゆるゲイと言われる人をはっきりと見たことはなかった。
ただクラスの中では「あいつは男が好きらしい」とまことしやかにに囁かれる人間が複数いたのは確かだ。
結局、それらの噂も卒業するまで噂の域を出ることはなかった。
誰もその噂の真偽を確かめようとはしなかったのだ。
誰だったか忘れたけれど、「ホモソーシャルこそが一番プラトニックな愛だ」という様なことを言っていた哲学者がいた気がする。
誰だっけ?
先日、アン・リー監督の「ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日」を観た。
批判されるのも分かるが、個人的には傑作だと思ったし、映画館で観なかったことを悔やんだ。
それと同時に思い出したのはアン・リーの何作か前の映画「ブロークバック・マウンテン」。
ライフ・オブ~の方もやけに隠喩に富んだ作品だったけれど、ブロークバック~の方もそれに負けず劣らずに作品内の至るところに、メッセージが込められていた。
ブロークバック~は1963年の夏から物語が始まる。
2人のカウボーイが、一夏だけの契約でブロークバック・マウンテンという山で羊の世話をするのだ。
初対面の2人は最初はぎこちなく、業務的に仕事をこなして行くが、最終的に、ある寒い晩のテントの中で恋に落ちる。
ここまで書けばお分かりだと思うが、つまりこのブロークバック・マウンテンはゲイを扱った映画なのだ。
ライムスターの宇多丸が自身のラジオ番組でアン・リー監督の作家性は「イノセントの喪失」と言っていた(と思う)。
ブロークバック・マウンテンというイノセントを失った2人のカウボーイに待っていたのは、地獄の様な現実だった。
アン・リー監督はインタビューでブロークバック・マウンテンについてこんなことを言っている。
少々長いけれど、以下。
アン・リー:これはゲイ映画です。その意見に対して反対はしません。ゲイ映画であるべきですし。しかし、この映画のテーマは普遍的なものなんです。この作品が、ただのゲイ映画だとも思っていません。ゲイ映画という言葉は面白くて、ゲイ映画というとゲイについての映画、アウトサイダーを描いた映画、アート映画のように思われますが、この映画はそうではなくて、中間の位置にあるんです。でも、ゲイの恋愛映画ではあります。最終的にたどり着くのは愛なんです。愛というものは謎に満ちていて、愛に触れたり、全体を理解するということはできませんね。愛をさまざまな角度から見ると、それぞれ違った一面が見える。しかし、それも愛の一つの側面でしかない。この映画が見せようとしているのはまさにそれなんです。
私の高校時代は、とてもじゃないが素晴らしいものとは程遠かった。今思い返しても、その気持ちは一向に変わらない。
校内では、人の悪口や盗みが横行していた。運動部の何人かは結託して、クラス内カーストの低い人間から財布をせびった。教師は事なかれ主義で犯人を罰する根気も勇気も持ち合わせてはいなかった。
でも少しはマシに思えることがあるとすれば、「ゲイだ」と噂される人間がいても、それをネタにしたイジメが一つもなかったことかもしれない。
私はアン・リーの言う「愛の一つ側面」にゲイが含まれているかは分からない(少なくとも私は物語の中でしか彼らを知らないからだ)。
軽はずみに肯定も否定もしたくない。
ただブロークバック・マウンテンを最後まで観れば、多少のキッカケを貰える気はしなくもない。
分かったつもりになるのは恥ずかしいが、知らないよりかはマシだろう。
遠藤周作(またか!)はエッセイ作品「狐狸庵閑話」にて、こう述べた。
二十代の頃、私はえらそうに「死に関する考察」などという本を読んで分かったような気がし、額におちる二、三本の髪を薬指でパラリともちあげ、
「実存と死こそ、人間の本質である」
深こくな表情をして低く呟いたりしたものであるが、今、あの頃の自分を思い出すと背中にジンマシンの起きる恥ずかしさを禁じえんのである。
今、私は深こくそうな顔をしているに違いない。それはとても滑稽な姿に違いない。
しかし、遠藤周作先生でさえも、そうだったのだ。分かった気になるのも悪くはない。
将来、恥ずかしくなってもジンマシンが出るだけだ。
構わない、たんと悩めばいいさ!
という訳でブロークバック・マウンテン、オススメです。